『怪談百物語』 第34話 : 人を水中に引きこむカッパ



(出典 mikenekotiger.com)


 むかしむかし、滝のあるふち(→川の深いところ)に、一匹のカッパが住んでいました。
 このカッパは、頭の上の皿をどんな物にでも変えられるという、不思議な力を持っています。
 ふちのそばで美しい花を咲かせたり、大きな魚にして、それを人が捕ろうとしたとたん、腕をつかんで水中深く引っぱり込んでしまうのです。
 このカッパの為に、これまで何人の人が命を落としたかしれません。

 このふちの近くの村に、上野介(こうずのすけ)と言う侍が住んでいました。
 村でも評判の力持ちで、米俵(こめだわら)を片手で軽く持ち上げ、ぬかるみに落ちた荷物いっぱいの車でも、楽々と引っぱり上げる事が出来ました。

 ある日の事です。
 町からの帰り道に上野介がこのふちのそばに来ると、目の前にきれいな女のかんざしが浮いています。
 よく見ると、お城のお姫さまがさす様な立派なかんざしで、村の娘の手に入るような品物ではありません。
「これは、いい物を見つけたぞ」
 上野介は思わず手を伸ばして、このかんざしを取ろうとしました。
 そのとたん、水の中から青白い腕が伸びてきて、上野介の手首をつかみます。
 上野介はビックリして手首を引っ込め様としましたが、その力の強い事。
 今にも水の中へ、倒れそうになりました。
 しかし、さすがは力持ちで知られた上野介です。
 逆に、もう一方の手で青白い腕をつかむと、上へ引っぱり上げようとしました。
 どっちの力も強くて、引っぱったり、引っぱられたり、なかなか勝負がつきません。
 それでも、上野介が思いきり力を入れてふんばると、一匹のカッパが姿を現しました。
(カッパの仕業であったか)
 上野介は、そのままカッパを上に引き上げると、後ろへ放り投げました。
 バコン!
と、言う音がして、カッパは後ろの岩に叩きつけられます。
 上野介はホッとして、カッパのそばへかけ寄りました。
「あぶないところだった。考えてみれば、かんざしが水に浮くわけはない」
 言いながらカッパを見ると、気を失っているだけで、どこにも怪我をしていません。
(さすがは、ふちの主だけの事はある)
 上野介は、近くの木のつるを取ってカッパを縛りあげると、肩にかついで家に連れ帰りました。
 屋敷の者たちは、カッパを見てビックリ。
「なるほど、これがカッパというものか」
「それにしても、恐ろしい顔をしているものだ。こんなカッパを生け捕りにするなんて、やっぱりだんなさまは大したものよ」
 みんなが感心していると、ふいにカッパが目を開けました。
「お、気がついたぞ。逃げられたらたいへんだ」
 屋敷の者たちは、縄(なわ)でカッパをグルグル巻きにして、庭の木に縛りつけました。
 こうなっては、さすがのカッパも、どうする事も出来ません。
 カッパはなさけない顔でうなだれたまま、ジッと地面をにらんでいました。
 それを見て、上野介が言いました。
「いいか、どんな事があっても、水をやるでないぞ」

 ところが夜になると、カッパは、
 クエン! クエン!
と、吠える様に泣き出し、うるさくてかないません。
 台所で仕事をしていた女中(じょちゅう)の一人が、水びしゃくを持ったまま庭へ飛び出し、
「うるさいねえ、いいかげんにしろ!」
と、その水びしゃくでカッパの頭をコツンと叩いたら、水びしゃくの中に残っていた水がカッパの頭の皿にかかりました。
 するとカッパはみるみる元気になり、グルグル巻きの縄を引きちぎって、そのまま庭の外へ飛び出しました。
「カッパが逃げた!」
 女中の叫び声を聞きつけて、上野介や屋敷の者がかけつけましたが、すぐに姿は見えなくなりました。
 しかし、これにこりたのか、このカッパは二度と人を水の中へ引き込む事はなかったということです。
     おしまい