怪談百物語 第38話 : ろくろっ首



(出典 publicdomainq.net)


むかしむかし、江戸(えど→東京都)の堺町(さかいまち)には、いくつもの芝居小屋(しばいごや)が並んでいて、たいそうな賑わいでした。

 ある日の事、きれいな娘が一人で、
 ♪チリン、チリン
と、ゲタの鈴(すず)を鳴らして芝居小屋の前の人混みを歩いていました。
 よほど芝居好きなのか、一枚、一枚、どの小屋の絵看板(えかんばん)も、食い入る様に見ながら歩いていきます。
 そして気に入った役者の絵があると、その前にピタリと止まり、首がスルスルと伸びていったのです。
 娘は夢中のあまり、自分の首が伸びている事には気がつきません。
 ところが、通りがかりの人はビックリ。
 みんな足を止めて、首の伸びた娘を見ています。
 娘は次々と絵看板を見ていって、中村座(なかむらざ)の前まで来るとピタリと足を止めました。
 出し物は、忠臣蔵(ちゅうしんぐら)です。
「力弥(りきや)もきれいじゃが、勘平(かんべい)の良い事。それに、こっちの五段目の定九郎(さだくろう)も、ほれぼれとする男ぶり」
 娘の首が絵の中の中村仲蔵(なかむらなかぞう)の定九郎(さだくろう)のところまで、吸い寄せられる様に伸びていきました。
「おい、見ろ! また伸びたぞ!」
「娘のろくろっ首だ!」
 まわりは大騒ぎですが、娘は全く気がつきません。
 そして娘は何事もなかったかの様に、
 ♪チリン、チリン
と、ゲタの鈴を鳴らして、日本橋の方へ歩いて行ったという事です。
   おしまい