怪談百物語 第65話 鬼女になった、弥三郎の母



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 むかしむかし、沢根(さわね)というところに、駄栗毛左京(たくもさきょう)という名の侍がいました。
 ある年の夏、左京(さきょう)は所用で河原田(かわはらだ)まで行き、帰りはもう夕暮れ時になっていました。
 馬にまたがった左京は、真野湾(まのわん)のかなたに沈んでいく太陽をながめながら、
「おおっ、なんと美しいお天道さまだろう」
と、言ったとたん、いきなり空が曇って風が出てきました。
 左京は帰りを急ぎ、諏訪神社(すわじんじゃ)の森の近くまでくると、ピカッと大きな稲光りがして、ガラガラッと天地も裂けるような雷鳴がとどろいたのです。
 そして、
「どすん!」
と、大きな音がして、何かが馬の尻に落ちてきました。
 そしてそれは、いきなり後から左京に抱きついてきました。
「何者!」
 左京は腰の刀を抜くと、振り向きざまに斬りはらいます。
 すると、
「ギャー!」
と、すさまじい声がしたかと思うと、ぶきみな顔をした鬼女が雲に乗って、どこかへ消えていきました。
 やがて風雨がおさまり、月がのどかに顔を見せました。
 左京はそのまま馬をとばして、沢根(さわね)の自分の家へ帰ってきました。
 馬からおりた左京がひょいと見ると、馬の尻尾に腕が一本くっついています。
 それは針金のような毛がびっしりと生えた、恐ろしい鬼の片腕だったのです。
 左京はその腕を馬からはなして、家の中の床の間に置きました。
 ある晩、左京が寝ようとしていると、とんとんとんと、戸をたたく音がします。
「だれだろう? こんな夜半に迷惑な」
と、戸を細目に開けて外をみると、老婆が一人、門口にたたずんでいます。
「そなたはだれですか? こんな夜半になんの用です?」
 左京がたずねると、老婆は小さな声で、
「わたしはいつぞや、諏訪(すわ)の森のあたりで、あなたさまに片腕を斬られた者でございます。今夜はあなたにあやまって、片腕を返してもらおうと、こうしてやってきたのです」
と、言いました。
「それでは、そなたはあの時の鬼女」
「いかにも、わたしは鬼女でございます。でも、以前は越後(えちご)の国の弥彦在の百姓、弥三郎の母でした。それが悪念の因果で生きながら鬼女となり、人をとって食らい、越後の国だけでは物足らず、こうして佐渡の国まで荒らし回って、みんなから恐れられるようになりました。それを先ごろ、あなたさまによって片腕を落とされ、はじめておのれの犯してきた罪の深さに目覚めたのでございます。これからのち、再び罪を犯さないためにも、あの片腕を悪業の証しとして身近に置いておきたく思うのです。どうか、あのみにくい片腕をお返し下さい」
と、言って、涙を流しました。
 その涙に、老婆が本心から悔い改めようとしているのを感じた左京は、床の間からその片腕を持ってきて渡しました。
 老婆は片手でそれを頂き、深々と頭を下げながら礼をのべると、どこかへ立ち去っていきました。
 それから以来佐渡では、もう鬼女は二度と姿を現わさなかったそうです。
    おしまい