2019年01月


    怪談百物語 第84話 幽霊の黒髪



    (出典 data.ac-illust.com)


    むかしむかし、越後の国(えちごのくに→新潟県)の関山(せきやま)という村には、魚野川(うおのがわ)という川があって、この川にはいつも、仮ごしらえの橋がかかっていました。
     なぜ、仮ごしらえかというと、この川の流れが早いので、ちょっと大雨が降っただけでも、橋が流されてしまうからです。
     それでいつも、仮ごしらえの橋がかかっていたのでした。
     でも、仮ごしらえの橋では足元が悪く、冬の寒い日などは橋が凍ってしまうため、足を滑らせて川に落ちた人が、毎年何人も命を落としていたのでした。

     さて、この関山村のはずれに、六十才を越える源教(げんきょう)という坊さんがいました。
     源教は毎晩、念仏を唱えて鐘をチンチンと打ちならしては村をまわります。
     そしてその帰り道、必ず魚野川の橋のたもとにたって、川でおばれた人たちの回向(えこう→死者の成仏を願うこと)をするのでした。
     ある日の夜、源教は橋のたもとで、念仏を唱えていました。
     すると不思議なことに、いままでこうこうと照っていた月が、にわかに曇ってきたのです。
    (はて、何やらあやしい気配がするぞ)
     そう思っていると、ゆらゆらと青い炎が水の中から燃えあがってきたのです。
    (なんと! おぼれ死んだ者の魂であろうか?)
     源教は、なおも念仏を唱えて、鐘をならし続けました。
     しばらくすると、橋の上に一人の女が立っているのに気づきました。
     青ざめた顔に長い黒髪、腰から下は、ボーッとかすんで見えません。
    (これは、この橋で命を落とした人の幽霊に違いない)
     女の幽霊は、スーと源教の前に近よると、細い声をふるわせて言いました。
    「わたくしは、となり村のキクと申す者でございます。
     夫にも子にも先だたれ、ただ一人、後に残されました。
     女の身では暮らしも立たず、知り合いをたよっていく途中、この橋から落ちておぼれてしまったのです。
     その日から今夜が四十九日目ですが、まだひとすくいの水も、たむけてはもらえず、世に捨てられた悲しさに、毎日、泣きくずれておりました。
     そこへ、あなたさまのありがたいお念仏があり、
    『ああ、これでやっと、この身も成仏できる』
    と、思いましたが、何とわたしのこの黒髪が成仏の邪魔をして、まだこうして人の世をさまよっております」
     幽霊はそう言うと、顔にそでを押し当てて、さめざめと泣き出しました。
    「さようか。ではわたしが、その黒髪をそってしんぜよう。明日の夜、わたしのいおりへきなさるがよい」
     その言葉を聞くと、女の幽霊は小さく頷き、そしてスーと消えました。
     さて、次の日。
     源教は友だちの紺屋七兵衛(こんやしちべえ)を呼びました。
     そして、橋の上の幽霊の話しをして、
    「のう、七兵衛どの。おキクは、今夜、必ず来るだろう。あのような幽霊は、決して約束をたがえぬからな。そしてこれを機会に、あの橋が危険であることを皆に知らせたいものじゃ。ところがのう、証拠がのうては幽霊などと言っても、だれも信じてはくれぬ。そこで、頼みがあるのじゃ。お主は村でも評判の正直者。どうか幽霊が約束通り、わたしのところへ来たという証人になってはくれまいか」
    「はい、承知しました。わたしはどこかに隠れて、その幽霊を見届ける事にいたしましょう」
    「うむ、頼むぞ」
     源教は、新しいむしろを仏壇の前にしいて、おキクの座る場所を作りました。
     そして夜がふけると七兵衛は、仏壇の下の戸だなに隠れました。
     源教はカミソリを用意して、いろりばたで幽霊が来るのを待ちました。
    「うむ、遅いなあ」
     もう真夜中ですが、幽霊の現れる様子はありません。
     源教は、いつの間にか、こくり、こくりと、いねむりをはじめましたが、突然、ぞくぞくっと寒気を感じて目を覚ましました。
    (おおっ!)
     目を開けると、いつの間にか幽霊おキクが来ていて、仏壇に向かって頭をたれ、むしろの上にきちんと正座をしています。
     源教は、気持ちを落ち着かせると、
    「おキクどの。よく、おいでくだされた」
    と、言葉をかけましたが、
    「・・・・・・」
     幽霊は、だまって頷くだけです。
    「では、はじめるぞ」
     源教は立ちあがって手をゆすぐと、小さなたらいに水をくんできました。
     そしてかみそりを持つと、おキクのそばへ近寄ります。
     肩ごしにたれた女の長い黒髪は、びっしょりと、むしろをぬらしていました。
     手にとると、しずくがたれます。
    (このぬれた髪が、成仏するのを邪魔しておるじゃな。だが、それも今夜で終わりじゃ)
     源教は、ぬれた女の髪をそりながら、ふと、こんな事を思いました。
    (この髪の毛を少しとっておけば、幽霊が来た証拠になるのでは)
     しかし源教が髪の毛をそると、不思議な事にそり落とすあとからあとから、髪の毛は女のふところの中へ入っていくのです。
     まるで見えない糸でもついていて、引っ張っているようです。
    (これでは、証拠が残らぬ)
     源教は指に髪の毛をしっかりからめてから、そりはじめました。
     それでもそり落とした髪の毛は、指の間をすり抜けると、女のふところへと入っていきます。
     ただの一本も、源教の手には残りません。
     やがて、頭をそり終わりました。
     おキクは、くるりと源教の方を向いて、やせ細った白い手を合わせると、静かにおがみました。
    「・・・ありがとうございました。これで成仏できます」
     おキクは小さくつぶやくと、おがんだ姿のままスーと消えてしまいました。
     おキクが消えた後、七兵衛が戸だなから出てきました。
     そして源教の前へ、にぎった左手をさしだしました。
    「源教さま、これを」
     見てみると七兵衛の手の中には、幽霊のぬれた髪の毛が、ほんの少しだけ残っていたそうです。
        おしまい







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