日本の民話 第45話 ほらふきの竹



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 むかしむかし、ある宿屋で、三人の商人がたまたま一緒になりました。
 一人は奈良の商人で、一人は越後(えちご→新潟県)の商人で、もう一人は江戸の商人です。
 三人は色々と話をしているうちに、それぞれの国自慢を始めました。
 まず、奈良の商人が言いました。
「今度、奈良の大仏さまが風呂に入る事になってな。
 その風呂おけをどうやって作ろうかと、みんな大騒ぎだ。
 何しろ、あれだけ大きな大仏さまだからな。
 風呂おけを作るのに、どれだけの木材がいる事やら」
「へえ、さすがは奈良の都、大したもんだ」
 江戸の商人が感心して言うと、越後の商人が負けじと言いました。
「なあーに。
 越後にだって、珍しい物があるぞ。
 わしの村の大竹なんざ、丈が十里(じゅうり→約四十キロメートル)で幅が一里もあってな、毎日見物人で押すな押すなの大賑わいだ」
「なるほど、十里の一里とは、大した大竹だ」
 江戸の商人は、すっかり感心してしまいました。
「ところで江戸には、何か変わった物はないのか?」
 奈良の商人が、尋ねました。
「そうだよ。なんと言っても、天下の江戸だ。ぜひ話してくれ」
 越後の商人も、言いました。
「そうさな・・・」
 しばらく考えていた江戸の商人は、ふと思い出したように言いました。
「そう言えば蔵前(くらまえ)というところで売っている団子がえらい人気で、一串に三個刺した物が一日に何万本も売れているよ」
「ほう。何万本とは、すごい数だ」
「その団子、よほどうまい団子にちがいない」
 奈良の商人も越後の商人も、思わずつばを飲み込みました。

 やがて、話だけではつまらないので、どれか一つだけでも三人一緒に見物しようという事になりました。
 そこでくじ引きをしたら、越後の村の大竹見物に決まったのです。
(うげぇ、おれか?!)
 越後の商人は、困ってしまいました。
(弱ったなあ。こんな事になるなら、あんなほらなんか、吹かなければよかった)
 丈が十里、幅が一里の大竹なんて、実は全くうそです。
 でも、今さらうそだとは言えないので、越後の商人は仕方なく二人を自分の国へ連れて行くと、二人を村の入り口で待たせて大急ぎで家に戻りました。

  越後の商人は家に飛び込むと、出迎えた奥さんに言いました。
「と、言うわけで、えらい事になってしまった。・・・お前、どうしよう?」
 この奥さんは、村でも評判のとんち者です。
 奥さんは、ニッコリ笑って言いました。
「大丈夫よ。全てはわたしに、まかせておきなさいな」

 やがて越後の商人が待たせてある二人を連れて来ると、奥さんが愛想良く二人を出迎えました。
「これはこれは、遠い所をよく来てくれました。まずは、お茶でも飲んでくださいな」
 ところが奈良の商人は、お茶を飲むのももどかしく言いました。
「茶はいいから、早くその大竹を見せてくれ」
 すると奥さんが、残念そうに首を振りました。
「遠いところから来ていただいたのに、まことに残念です。
 もう一日早ければ、見せられたのですが。
 なんでも奈良で大仏さまの風呂おけを作るとかで、この村の大竹は、風呂おけのたが(→おけやたるのまわりにはめる輪)にする為、昨日のうちに切って奈良に持って行きました」
「大仏の風呂おけに!? あれは、その・・・。いや、確かにそれでは、仕方ない」
 奈良の商人は、思わず口を閉じてしまいました。
 すると今度は、江戸の商人が言いました。
「ならせめて、その枝だけでも見せてもらえないかな? たがを作るのに枝は必要ないから、いくら何でも枝は残っているはず」
 するとおかみさんは、また残念そうに言いました。
「それが江戸の蔵前ではお団子が毎日何万本も売れるそうで、その串にするとかで枝を全部持って行きました」
「団子の?! ・・・でもそれなら、残っている葉だけでも」
「はい。その葉は団子の包みにすると言って、葉も残らず持って行きました」
「・・・それは、仕方ない」
 江戸の商人も、思わず口を閉じてしまいました。
 そんな二人の商人に、おかみさんは追い打ちをかける様に言いました。
「あっ! でも、大竹で作った大きなたがも、枝で作った串や包みにする葉も、奈良や江戸に行けばあるはずですよ。
 なんなら、これから見に行きませんか?」
「えっ? ・・・」
「それは、・・・」
 奈良の商人も江戸の商人も、言い返す言葉がありませんでした。   
    おしまい