日本の民話 第114話 恩知らず



(出典 grapee.jp)


 むかしむかし、ある村に大雪が降りました。
 買い物で町へ出かけていた男は村に帰る途中、この大雪で道に迷ってしまいました。
「困ったな。完全に迷ってしまったぞ。しかし、この雪の中にとどまっても凍え死ぬだけだ。とにかく歩かないと」
 男が仕方なく吹雪の中を歩いていると、ふと目の前に大きな影が現れたのです。
「くっ、熊だ!」
 男は逃げようとしましたが、深い雪に足を取られて逃げるに逃げられません。
「もう駄目だ!」
 男は死を覚悟して目を閉じましたが、熊は襲って来ません。
 男が恐る恐る目を開けてみると、熊は後ろ足でむっくり立ち上がり、器用に前足を動かして、
(こっちへ、こい。こっちへ、こい)
と、手招きをしているのです。
「もしかして、おれをさそっているのか?」
 熊が襲ってくる様子はなく、このまま吹雪の中を立っていても仕方がないので、男は熊に誘われるまま熊の後をついて行きました。
 すると熊は大木に開いている大きな穴の中に入って行って、穴の中から男に向かって、
(おいで、おいで)
と、また手招きをしました。
「おれを巣穴で、食べるつもりだろうか? ・・・ええい、ここまで来れば、乗りかかった舟だ!」
 男は決心すると、熊の巣穴へと入って行きました。
 熊の巣穴は意外に広く、そして暖かでした。
 熊はすぐに眠ってしまい、襲ってくる様子はありません。
 男は熊が巣穴に蓄えている木の実と雪を食べて飢えをしのぐと、熊の背中に添い寝をして暖まりました。
 それから四日後、長かった吹雪がようやくやみました。
 熊は、まだ眠ったままです。
 男は巣穴を出ると、無事に村へと帰って行きました。

 村に帰った男は、自分が熊のおかげで助かった事を村人に告げると、仲間の猟師にこう言いました。
「大きくて毛並みの良い熊を知っている。そいつを撃ち殺して、売ったお金を山分けにしよう」
 こうして男は恩知らずにも、命を助けてもらった熊を撃ち殺しに行ったのです。

 さて、帰って来た男を見つけた熊は、うれしそうに立ち上がると男に、
(おいで、おいで)
と、手招きをしました。
 しかし男が猟師を連れて来た事がわかると、熊は急に怖い顔になって男に襲いかかったのです。
 油断していた男は熊の攻撃を避ける事が出来ず、そのまま熊に身体を引き裂かれてしまいました。
 そしてそれを見て怖くなった猟師は鉄砲を撃つ事も出来ず、あわてて村へと逃げ帰りました。
 この話を聞いた村人は、
「たとえ相手が動物でも恩知らずな事をすれば、あの男の様になる」
と、言い伝えたそうです。
   おしまい