日本の民話 第117話 テングのおどかし



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むかしむかし、紀伊の国(きいのくに→和歌山県)にテングと仲の良い上人(しょうにん→位の高いお坊さん)がいました。
 この上人は近くの山に住むテングと仲が良く、テングが時々寺へやって来て世間話などをするそうです。

 さて、この寺の檀家(だんか→その寺に先祖の墓がある家)に、紺屋善兵衛(こうやぜんべえ)という男がいました。
 善兵衛は、とても好奇心(こうきしん)の強い男で、
「どうか、テングと話をさせて下さい」
と、いつも上人に頼むのです。
 そこで上人はテングが寺にやって来る頃を見計らって、善兵衛を寺に呼びました。
 善兵衛が上人と一緒にテングの現れるのを待っていると、ふいに大きな鳥の様なものが飛んで来て、お堂の前に舞い降りました。
 善兵衛が見てみると、それはまっ赤な顔に長い鼻を持った、まぎれもないテングです。
 テングは上人の前に立ち、いぶかしそうに善兵衛を見つめました。
 そこで、上人が言いました。
「この人は、怪しい者ではない。どうしてもテングどのと話をしたいというので、今夜同席を許したのです」
 それを聞いたテングは、少し嫌な顔をしましたが、
「・・・まあ、上人さまのお許しなら、仕方あるまい」
と、善兵衛の同席を許しました。
 善兵衛はホッとため息をつくと、思い切ってテングに尋ねました。
「世間では、テング倒しという事をよく聞くが、どうしてそうなるのか教えてほしい」
「何だ、そんな事か。では、よく見ているがよい」
 テングはニヤリと笑うと、背中の羽を後ろの柱につけて、ブルブルと震わせました。
 すると大きな家鳴りがして、お堂がグラグラとゆれ始めました。
 ゆれはどんどん激しくなり、庭の木や石も崩れ落ちそうです。
 怖くなった善兵衛は、あわてて仏壇(ぶつだん)の下に潜り込むと、両手を合わせて叫びました。
「や、や、やめてくれ!」
 でもゆれはおさまらず、仏壇の物があたりに飛び散り、天井がメリメリと音を立てて崩れました。
「ああ、もうだめだ!」
 善兵衛はそれっきり、気を失いました。
 しばらくして気がつくと善兵衛は上人の前に寝かされていて、テングの姿はもうありませんでした。
「どうやら、正気にもどったようだな」
 上人が、善兵衛をのぞき込む様にして言いました。
「あ、あの、テ、テ、テングどのは?」
「ああ、テングどのなら、もうとっくに山へ戻った。なんなら、もう一度会ってみるか?」
「と、とんでもない!」
 善兵衛は真っ青な顔で本堂を飛び出すと、そのまま家へ逃げ帰ったという事です。
   おしまい