日本の民話 第251話 クジラの皮の絵



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 むかしむかし、あるところに、とてもゆかいなお百姓(ひゃくしょう)さんがいました。

 ある日の事、お百姓さんが町へ行って宿屋に泊まると、頭の毛を長くのばした男の人と同じ部屋になりました。
(はて、この人はどんな仕事をしている人だろう? お百姓には見えないし、物売りにも見えないし)
 お百姓さんが男の人をジロジロ見ていたら、男の人が怖い顔で、
「何か! ご用か!」
と、言いました。
 そこでお百姓さんは、
「これは、失礼しました。
 あの、失礼ついでにおたずねします。
 お前さんはふつうの人に見えません、一体どんな仕事をしている人ですか?」
と、たずねました。
 すると男の人は、大いばりで言いました。
「わしは、絵かきじゃ! お前の様な百姓とは違うわ!」
 その態度に、お百姓さんはムッとして、
「なんだ、お前も絵かきか。それなら、わしと同じ仕事だ。大した事はない」
と、言ったのです。
「何と、お前も絵かきか。
 よし、そんなら一つ絵の腕比べをしようじゃないか。
 まずはわしが、先にかいてみせよう」
 絵かきはふでと紙を取り出すと、さらさらっとかきあげました。
 それは、男の人が川からあがってくる絵です。
(ほう、なかなかうまいもんだ)
 お百姓さんは感心しながらも、わざとつまらなそうな顔で言いました。
「お前さんは、本物の絵かきですか?」
「当たり前じゃ! この絵はさっき川で泳いでいた人を見ていたので、それをかいた物じゃ」
「そうですか。
 でもお前さんは、まだまだ見方がたりませんね。
 これではとても、一人前の絵かきとは思えません」
「なんだと!」
「この絵を、よく見てごらんなさい。
 足の毛が、みんな立っています。
 人が川からあがった時は、毛はぬれてピッタリとはりつくはずですよ」
「ぬぬっ、・・・そんな細かいところまで、いちいちかけるか!」
「だからお前さんは、まだ一人前の絵かきじゃないと言ったのですよ」
 お百姓さんに言われて、絵かきはくやしくてたまりません。
「ようし、そんならお前がかいてみろ」
「わかりました。
 わたしは、こんなつまらない絵はかきません。
 絵をかくには、物の特徴(とくちょう)をしっかりとつかむ事が大切なのです」
「ぬぬぬっ。・・・いいから、はやくかけ!」
「では」
 お百姓さんはふでにたっぷりすみをつけると、ペタペタペタと紙をまっ黒にぬりはじめました。
 絵かきがビックリして、
「これは、何の絵だ?」
と、尋ねたら、お百姓さんはすました顔で言いました。
「クジラの皮です」
「はあ? クジラの皮だと? ただ、まっ黒にぬりつぶしてあるだけじゃないか」
「そうですよ。
 クジラというのは、人の何十倍もある大きな生き物です。
 こんな小さな紙一枚では、とうていかけません。
 だからこうして、皮のはしっこのところだけをかきました」
   おしまい