日本の民話 第258話 お姫さまと松の木



(出典 livedoor.blogimg.jp)


むかしむかし、ある国に、あこや姫という美しいお姫さまがいました。
 月のきれいな、秋の夜の事です。
 お姫さまが一人で琴をひいていると、どこからともなくその琴の音に合わせて、ふえの音が聞こえてきました。
「まあ、美しいふえの音。誰が吹いているのかしら?」
 お姫さまが庭を見ると、お月さまの光にてらされて一人の若者が立っていました。
 若者はお姫さまを見て、にっこり笑いかけると、そのまま姿を消しました。
「なんて、すてきな殿方でしょう」
 お姫さまは若者に会いたくなり、次の晩も琴をひきました。
 やがてふえの音とともに、あの若者がやってきました。
 若者は、お姫さまに言いました。
「お姫さまの琴は、大変すばらしい。わたしは長く生きていますが、こんなすてきな琴を今まで聞いたことがありません」
 お姫さまは、はずかしそうに言いました。
「いいえ、あなたのふえほどすてきな音はありません」
 こうして毎晩会っているうちに、二人はすっかり仲良しになりました。

 ところがある晩の事、若者はお姫さまに言いました。
「せっかくお姫さまと仲良くなれたのに、今日でお別れしなくてはなりません」
「そんなの、いやです。わたしも一緒に、連れて行ってください」
 お姫さまが言うと、若者の姿がふっと消えました。
 後には松の木のかげが、残っているだけでした。
(あの人はもしかして、松の木の精かもしれない)
 お姫さまは松の木のかげを見ながら、ためいきをつきました。

 ちょうどその頃、この山に生えている一本の古い松の木を切って、橋にすることになりました。
 ところが木こりたちがこの松の木を切り倒そうとしても、松の木はびくともしません。
 いくら大勢で引っぱっても、やっぱり動きません。
 この事を聞いたお姫さまは、もしかしてその松の木があの若者ではないかと思いました。
 かけつけたお姫さまは、松の木のそばにより、
「たとえ、あなたが切られて橋になっても、わたしはあなたの事は一生忘れません」
と、言って、手をふれました。
 すると、どうでしょう。
 今までびくともしなかった松の木が、するすると動き出して自分から橋になったのです。

 その後、お姫さまは松の木の切りかぶのそばに小さな家を建てて、亡くなるまでそこをはなれなかったそうです。
   おしまい