日本の民話 第298話 なごのわたり



(出典 i.ytimg.com)


 むかしむかし、なごという浜辺では、たくさんの漁師たちが住んでいました。
 ですが近頃はどの漁師も魚が少ししか取れず、とても困っていました。

 ある日の夕方、沈む夕陽が黄金色に輝く浜辺を、一人の女の子が歩いていました。
 このあたりでは見かけない女の子なので、親切な漁師が声をかけました。
「娘さん、どこから来たのだ?」
「・・・・・・」
「名前は?」
「・・・・・・」
「親は、どこ行った?」
「・・・・・・」
 女の子は何を聞いても、くりくりとした丸い大きな瞳で見つめるだけです。
 漁師は、何かわけがあるのだろうと思い、
「とにかく、今夜は家に泊まるといい。夜の浜辺は冷えるからな」
と、女の子を家に連れて帰りました。
 おかみさんもやさしい人で、女の子に温かいご飯を食べさせて、自分のふとんに寝かせてあげました。

 次の日、漁師が舟に乗って海に出ると、不思議な事に魚がどんどん集まって来て、舟が沈みそうなほどの大漁となりました。
 こんな大漁は、何年ぶりでしょう。
 でも他の漁師たちは、いつもの様にほとんど魚が捕れませんでした。
「なんで、お前のところばかり魚がくるんだ?」
 不思議がる仲間に、漁師が言いました。
「さあな。・・・ただ思い当たる事といったら、浜辺で見つけた女の子を家に泊めた事かな」
 すると仲間の漁師たちは、
「そんなら、家にも泊まってくれ」
「家もだ!」
と、順番に女の子を家へ泊める事にしたのです。

 女の子はどこの家へ行っても相変わらず無口で、何一つ話そうとはしません。
 けれど女の子が泊まった翌日には、きまってその家の舟は大漁になるのです。
 女の子は漁師たちにとても大切にされて、『竜宮さま』と呼ばれるようになりました。
「女の子が来てくれたおかげで、村が豊かになった」
「女の子がいてくださるから、もう安心じゃ」
「竜宮さま。どうかずっと、この村にいてくだされよ」
 村人たちはそう言って、女の子に手を合わすのでした。

 さて、女の子のおかげで村はすっかり豊かになったのですが、ただ一人、おもしろく思っていない漁師がいました。
 この漁師はろくに漁にも出ないで、毎日酒ばかり飲んでいます。
 そして酒を飲むと必ずけんかをするので、仲間の漁師たちにとても嫌われていました。

 あるとき、酔っぱらった酒飲み漁師は浜辺を歩いていた女の子を捕まえると、こう言いました。
「おい、お前が本物の竜宮さまなら、海の上を歩いてみな」
 すると女の子はにっこり笑って、海の方へ歩いて行きました。
 そして水に沈む事なく、ゆっくりゆっくり海の上を進んで行ったのです。
 遠くで魚を捕っていた漁師たちは、波の上を渡っていく女の子を見て驚きました。
「竜宮さまー、どこにも行かねえでくだせえ。この村に、いつまでもいてくだせえ」
 すると女の子はやさしくほほ笑んで、首を横にふりました。
 そして、初めてしゃべったのです。
「いいえ、私はもう帰ります。村の皆さんには、大変お世話になりました。このご恩は、決して忘れません」
 その声は届くはずのない沖の舟にいる漁師の耳にも、はっきりと聞こえました。
 そして女の子は静かに海を歩いて行き、やがて姿を消してしまいました。

 それから女の子は、二度と姿を現しませんでした。
 けれど、なごの浜辺では、それからも大漁が続いたということです。
   おしまい