日本の民話 第301話 ネコの踊り場



(出典 asobii.net)


 むかしむかし、相模の国(さがみのくに→神奈川県)の戸塚(とつか)に、水本屋(みずもとや)という、しょうゆ屋がありました。
 主人とおかみさんには美しい娘がいて、メスの黒ネコを飼っています。
 何代も続いたお店で、番頭(ばんとう)のほかに小僧が一人いました。
 しょうゆ屋は仕事がらどうしても手が汚れやすいのですが、だからといって汚れた手ぬぐいで手をふいていたのでは見た目が悪いので、きれい好きな主人は口ぐせのように、
「腰に下げる手ぬぐいは、毎日洗うように」
と、みんなに言いきかせていました。
 そのため店が終わると、それぞれが自分の手ぬぐいを洗って二階の物干しの手すりに干すのでした。

 ある朝の事、手ぬぐいを取り入れようとしたら、娘の手ぬぐいがなくなっていました。
 きちんと止めてあったので、風に飛ばされるはずはありません。
 泥棒の仕業かとも疑ってみましたが、まさか手ぬぐい一本だけを盗んでいくドロボウはいません。
(どうして、わたしの手ぬぐいだけが、なくなったのかしら?)
 不思議に思いながらも、娘は新しい手ぬぐいを出してきました。
 そして次の日の朝、今度は主人の手ぬぐいがなくなっていたのです。
(まさか、小僧のイタズラではあるまいな)
 主人はすぐに小僧を呼んで、聞いてみましたが、
「違います。手ぬぐいなんか、とるはずがありません」
と、言うのです。
 その次の日の朝は、おかみさんの手ぬぐいがなくなっていました。
 たかが手ぬぐいといっても、三日続けてなくなるというのは、ただ事ではありません。
「お前、本当に知らないのかい?」
 おかみさんが小僧にたずねると、小僧が顔を真っ赤にして怒り出しました。
「どうして、わたしに聞くのです? そんなにお疑いなら、わたしの荷物を調べてください!」
「いや、すまない。考えてみれば、家の者で手ぬぐいをとるやつなんているはずがない」
 主人はあわてて、小僧をなだめました。
「それに手ぬぐいぐらい、何本盗られたって、かまやしないのだから」
 主人はそう言いながらも、手ぬぐいの事が気になって商売に身が入りませんでした。
 番頭も手ぬぐいがなくなるたびに疑われる小僧の事を思うと、同じ店で働く者として面白くありません。
 そして小僧などは、店で働く気がしなくなってきました。
 だからといって店をやめるわけにもいかず、このうえは自分で手ぬぐい泥棒を捕まえるしかないと思いました。
 そこでその夜、小僧は雨戸(あまど)を少しだけ開けて、寝ずの番をする事にしました。
 物干しの手すりには、五本の手ぬぐいがきちんと並んで干してあります。
「見ていろ! 必ず手ぬぐい泥棒を捕まえてやる」
 小僧はねむたいのをがまんして、ジッと物干しを見上げていました。
 それでも昼間の仕事の疲れで、ついウトウトしかけたその時、一本の手ぬぐいがフワリと庭にまいおりたのです。
「おやっ?」
 手ぬぐいはまるで、地面をはうようにして表の方へ飛んでいきます。
「待てえ!」
 小僧は外へ飛び出すと、飛んでいく手ぬぐいを追いかけました。
 でも手ぬぐいは、そのまま暗やみの中に消えてしまいました。
 騒ぎを聞きつけて、番頭やおかみさんが起きてきました。
 小僧は今の出来事を、見たままに話しました。
「手ぬぐいが一人で動くなんて、そんなバカな。お前、夢でも見ていたんだろ?」
 おかみさんが言うと、番頭が物干しを指さしました。
「しかし手ぬぐいは、たしかに一本なくなっていますよ」
「あら本当。ああ、気味が悪いねえ。もういいから、しっかり戸締まりをして寝なさい」
 おかみさんはそう言うと、自分の部屋に戻って行きました。

 あくる日、主人は隣町の知り合いで酒をごちそうになり、遅くなってから家へ戻ってきました。
 月夜の道をいい気分で歩いていると、村はずれの小高い林の所で誰かの話し声が聞こえてきました。
(はて、こんな夜中に、誰が話しているのだろう?)
 不思議に思って話し声のする方へ近づいてみると、何と十数匹のネコが林の中の空き地に丸くなって座っているではありませんか。
 そしてもっと驚いた事に、その中の三匹が手ぬぐいをあねさんかぶり(→女の人の手ぬぐいのかぶり方)にかぶっているのです。
(あっ、あの手ぬぐいは!)
 主人は、もう少しで声を出すところでした。
 一つは自分の手ぬぐいで、あとは、かみさんと娘の手ぬぐいなのです。
(さては、ネコの仕業であったか)
 主人はネコに気づかれないよう、さらに草むらに隠れて息を殺しました。
「お師匠(ししょう)さん、遅いね」
 一匹のネコが、言いました。
「早く来ないかな。今夜こそ上手に踊(おど)って、わたしもお師匠さんから手ぬぐいをもらわなくちゃ」
 もう一匹のネコが、言いました。
(へえ、踊りを習おうというのかい。これはおもしろい)
 主人は、お師匠さんというのが現れるのを待ちました。
 しばらくすると、頭に手ぬぐいをのせた黒ネコが、
「ごめん、ごめん、おそくなって」
と、言いながらやってきたのです。
(あのネコは、家のネコじゃないか!)
 主人は、目を丸くしました。
「それじゃ、さっそく始めようか。さて、今日はだれに手ぬぐいをあげようかな」
「わたし」
「いえ、わたし」
「わたしよ、わたし。絶対に、わたし」
 ネコたちが、いっせいに手をあげました。
「だめだめ、一番上手に踊った者でなくちゃ」
 見ていた主人は、なんだかワクワクしてきました。
(こいつは驚いたな。うちのネコがネコたちの踊りのお師匠だなんて。それにしてもあいつ、いつ踊りを覚えたのだろう。・・・そういえば娘が踊りを習っている時、ジッと動かずに見ていたっけ)
「まずは、昨日のおさらいからね。はい、♪トトン、テンテン、トテ、トテ、トテトントン」
 口で三味線の真似をしながら黒ネコが踊ると、ほかのネコたちもいっせいに踊りはじめました。
「はい、そこで腰を回して、手を前に出して、それっ、♪トトン、テンテン、トテ、トテ、シャン、シャン」
(なるほど、お師匠というだけあって、家のネコも大したものだ)
 主人はこっそり草むらをはなれると、ネコに気づかれないように家に戻っていきました。

 朝になると、主人は上機嫌(じょうきげん)でみんなに言いました。
「手ぬぐいの事なら、もう気にしなくてもいいよ」
「いいえ、今夜こそ、必ず手ぬぐい泥棒をつかまえてみせます!」
「もういいんだよ。お前、寝ずの番をしていたそうだが、もうその必要はないよ」
「と、言うと、だんなさまは手ぬぐい泥棒をご存じで?」
 番頭が尋ねると、主人はニヤリと笑って言いました。
「今夜になれば、すべてわかるよ」

 その日の夜、主人がみんなに言いました。
「さあ、これからみんなで出かけるよ」
「今頃? いったい、どこへ行くのですか?」
 番頭も小僧も、首をかしげました。
「いいから、だまってわしについておいで」
 主人は店の戸締まりをさせると、おかみさんと娘、それに番頭と小僧を連れて家を出ました。

 村はずれの小高い林の前に来ると、主人はみんなを草むらの中に隠れさせます。
「いいかい、どんなことがあっても、決して声を出すんじゃないよ」
 いつの間にか、満月(まんげつ)が頭の上にのぼっていました。
と、その時、あちこちからネコが集まって来ました。
 なんとその中の四匹は、頭に手ぬぐいをかぶっているではありませんか。
(あの手ぬぐいは!)
 みんなおどろいたように、顔を見あわせました。
 そこへ、頭に手ぬぐいをかぶった黒ネコが現れたのです。
 それは間違いなく、店で飼っているネコでした。
(なんだ、手ぬぐいドロボウは、店のネコだったのか)
 みんなはホッとするやら、あきれるやら。
 それでもこれから何が始まるのかと、かたずをのんで見守っていました。
 すると、黒ネコが言いました。
「今夜は満月、みんなで心ゆくまで踊りましょう」
「はい、お師匠さま」
 ネコたちは、いっせいに黒ネコをかこんで輪(わ)になりました。
♪ネコじゃ、ネコじゃと
♪おっしゃいますが
♪あ、それそれ
 黒ネコの踊りに合わせて、ネコたちはそろって踊りはじめました。
 両手を前に出したり、腰を振ったりと、なんともゆかいな踊りです。
「どうだい。これで手ぬぐいのなくなったわけが、わかっただろう」
 主人が小さな声で言うと、みんなニコニコしてうなずき、いつまでもネコたちの踊りを見ていました。

 さて、誰がこの事をしゃべったのか、ネコの踊りの話はたちまち町のうわさになり、こっそり見物にくる人がふえるようになりました。
 するとネコたちもそれに気がつき、いつの間にか踊るのをやめてしまったのです。
 水本屋(みずもとや)の黒ネコは、その後も手ぬぐいを持ってどこかへ出かけていきましたが、そのうちに戻って来なくなりました。
 主人はネコ好きの人たちと相談して、ネコの踊っていたところに供養碑(くようひ)をたてました。
 今ではその供養碑(くようひ)はなくなってしまいましたが、ネコの踊りの話は長く語りつがれて、今もそこを『踊り場』と呼んでいるそうです。
    おしまい