日本の民話 第370話  タヌキのお梅



(出典 shop.r10s.jp)


 むかしむかし、ある町に吉平(きちべい)という、歌の上手な男がいました。
 ある夏祭りの夜、いつものように庄屋(しょうや)の家のひろい庭で盆踊りがはじまりました。
 踊りの輪のまん中には、おもちをつく臼(うす)をさかさに置いた音頭台(おんどだい)があります。
 その上に立って何人かの音頭取りが代わる代わる自慢の声をはりあげていました。

 さて、最後の音頭取り、もちろん吉平です。
 他の者たちも吉平の出番を待っていて、帰る者はほとんどいませんでした。
 そして音頭台にあがった吉平は、見事な歌で踊る人たちを楽しませました。
 その吉平が、家に帰る途中で行方不明(ゆくえふめい)になっていたのです。
 村人たちは近くの村々にまで出かけて探しましたが、吉平の行方はまるでわかりません。
「これだけ探しても見つからんのは、もしや・・・」
 村の老人が、ポツリと言いました。
「じいさん、何か知っているのか?」
 村人の一人がたずねると、老人が言いました。
「子どもの頃に聞いた話だが、タヌキは歌の上手な人間が好きで、歌が上手な者がいると連れ去るそうだ」
 その話を聞いて、だれもが風呂(ふろ)ノ谷に住む古ダヌキのお梅(うめ)の事を思い出しました。
 そこでみんなで、風呂ノ谷へ出かけていきました。
 うす暗い谷底を進むと、むこうの岩の上に吉平の姿が見えました。
 吉平はタヌキのお梅とむかいあってすわり、仲むつまじそうに話をしています。
 その時、村人に気がついたタヌキのお梅は吉平になにか耳うちをして、岩のうしろへ姿を消しました。
 すると吉平は急に、岩の上で倒れてしまったのです。
 村人たちがかけよって、
「吉平! 吉平!」
と、よびましたが、吉平は答えません。
 仕方なく村人たちは気を失っている吉平を背負うと、家まで連れて帰りました。
 ふとんに寝かせても吉平は青ざめた顔をして動きませんでしたが、真夜中になるとむっくり起きあがりました。
「お前さん。気がついたんだね」
 奥さんが声をかけましたが、吉平はきょとんとした顔つきで遠くを見つめるばかりです。
 そして、
「お梅、お梅」
と、タヌキの名前を呼びながらフラフラと家から出ていこうとするので、村人たちが取り押さえて柱にしばりつけました。

 吉平は数日後に正気に戻りましたが、話を聞くとタヌキのお梅が若い娘に化けて、歌の上手な吉平の奥さんになったつもりでいたという事です。
    おしまい