日本の怖い話 第61話 なます好きの藤五郎


 むかしむかし、能登の国(のとのくに→石川県)のある岬(みさき)に、大島藤五郎(おおしまとうごろう)という浪人(ろうにん)が住んでいました。
 藤五郎は魚のなます(魚や貝などをこまかく切って、すにひたした食べもの)が大好きで、これがないと一日もがまんが出来ません。
「よくもあきずに、毎日毎日食べられるものだ」
 人にそう言われても、
「世の中に山海の珍味(ちんみ)は多くとも、なますに勝る物はない。いくら食べようと、あきる事はない」
と、言うのです。

 ある日の午後、藤五郎は仲間を連れて浜辺に出かけました。
 とてもおだやかな日で、朝早く沖へ出た漁師たちが次々と浜へ戻って来ます。
 それを見ると、藤五郎はもうがまんが出来ずに、さっそく漁師から魚を何匹も買うと、
「どれもうまそうな魚だ。なますを作って、みんなにもごちそうしよう」
と、近くの漁師の家で、料理の道具を借りてきました。
 浜辺にむしろをしいて料理を始めましたが、大好物と言うだけあって、なます作りの腕は誰よりも上手です。
 大きなおけの中は、たちまちなますの山になりました。
「さあ、どんどん食ってくれ」
 そう言って藤五郎も、なますを口にほおばりました。
「うむ?」
 魚の骨がのどに引っかかった様な気がしたので、あわてて吐き出してみると、豆粒ぐらいの赤い玉の様な骨が出てきたのです。
「拙者(せっしゃ)とした事が、なますに骨を残すとはなさけない」
 そう言いながら、その骨を茶わんに入れて皿でふたをしました。
 あらためてなますを食べてみましたが、もう骨は残っておらず、いつもと変わらないおいしさです。
「なるほど、お主の言う様に、なますとはうまい物だ」
「うん。うまい、うまい」
 仲間たちも舌つつみを打って、何度もおかわりをしました。

「いやあ、食った、食った」
 仲間たちが満足してお腹をさすっていると、赤い骨を入れておいた茶わんが転がり、中から赤い骨が飛び出してきました。
「何事だ?」
 みんながその赤い骨を見ていると、赤い骨はみるみるうちに一尺(いっしゃく→約三十センチ)ぐらいに大きくなって、やがて人の形になって動きはじめたのです。
「なんと・・・」
 あまりの不思議さに、藤五郎も仲問たちも目を丸くしたまま声が出ません。
 人の形になった骨はグルグルと動き回るうちに、六尺(ろくしゃく→約百八十センチ)もある大男になって藤五郎に襲いかかりました。
 藤五郎はあわてて後ろへ飛び退くと、すぐに刀を抜きました。
 浪人とはいえ、藤五郎はすご腕の侍です。
「てりゃー!」
 大男のお腹めがけて刀を突き出すと大男はクルリと身をかわして、岩の様なこぶしで藤五郎の頭を殴りつけてきました。
 こんなこぶしに殴られたら、ひとたまりもありません。
 藤五郎も負けじと身をかわして、相手のすきを見て背中に切りつけました。
 そのとたん、大男の背中からドッと血が吹き出して、砂浜を赤く染めました。
 それでも大男はこぶしを振り上げて、ものすごい形相(ぎょうそう)で襲いかかってきます。
 仲間たちも助太刀(すけだち)しようと刀を抜いたのですが、目の前が霧(きり)の様にかすんでよく見えず、大男と藤五郎の激しい息づかいが聞こえるばかりです。
 さすがの藤五郎も疲れ果て、大男のこぶしで殴られそうになった時、運良くその腕を切り落としました。
「ギャーーー!」
 さすがの大男もこれにはたまらず、ものすごい悲鳴をあげて倒れました。
「やったぞ!」
 藤五郎の声が、霧の中から聞こえてきました。
 仲間たちが息をのんで声のする方を見つめていると、やがて霧が晴れて、返り血に染まった藤五郎が片手に何かを下げて立っていました。
 大男はどこへ消えたのか、姿はありません。
「見ろ、大男の腕を切り落としたぞ!」
 仲間たちが駆け寄ると、それは大男の腕ではなく大きな魚のひれでした。
 それでも藤五郎は、魚のひれを振り回して、
「やった、やった!」
と、叫びながら、バタンと気を失って倒れました。
 仲間たちは藤五郎を家に運んで医者に診せましたが、藤五郎はいっこうに目を覚ましません。
 それでも七日ほどしてようやく目を覚ました藤五郎に、あの時の事をたずねてみると、藤五郎はまるで覚えていないというのです。

後から調べてみると、あの大男は魚を食べ過ぎる藤五郎に仲間の仕返しをしに来た魚の妖怪だという事です。
   おしまい