日本の怖い話 第63話 鬼女になった、弥三郎の母


 むかしむかし、沢根(さわね→ 新潟県佐渡市)というところに、駄栗毛左京(たくもさきょう)という名の侍がいました。

 ある夏の事、左京(さきょう)は用事で河原田(かわはらだ)まで行ったのですが、帰りはもう夕暮れ時になっていました。
 馬にまたがった左京が、真野湾(まのわん)に沈んでいく太陽をながめながら、
「おおっ、なんと美しいお天道さまだろう」
と、言ったとたん、いきなり空が曇って突風が吹きました。
「あやしい雲行きだ。急ぐとしよう」
 左京は帰りを急ぎ、諏訪神社(すわじんじゃ)の森の近くまで来た時、大きな稲光りと共にガラガラッと天地も裂ける様な雷鳴がとどろいたのです。
 そして、
「どすん!」
と、何かが馬の尻に落ちてきました。
 そしてそれは、いきなり後から左京に抱きついてきました。
 恐ろしい力で、このままでは全身の骨が砕けてしまいます。
「何者!」
 左京はわずかに動く手首だけで腰の刀を抜くと、振り向きざまに斬り払いました。
 すると、
「ギャー!」
と、すさまじい声がしたかと思うと、不気味な顔をした鬼女が雲に乗って、どこかへと消えていきました。

 やがて空から雲が消えて、きれいな月が顔を見せました。
 左京はそのまま馬を走らせて、自分の家へと帰って来ました。
「・・・うむ!?」
 馬から降りた左京がふと見ると、馬の尻尾を一本の腕が掴んでいました。
 それは針金の様な毛がびっしりと生えた、恐ろしい鬼の片腕だったのです。
 左京はその腕を馬の尻尾から外すと、家の床の間に置きました。


 それから数日後のある晩、左京が寝ようとしていると、
♪とんとんとん
と、戸を叩く音がします。
「こんな夜半に、迷惑な」
 左京が戸を細目に開けて外を見ると、一人の老婆が立っていました。
「そなたは、誰ですか? こんな夜半に、何の用です?」
 左京がたずねると、老婆が小さな声で言いました。
「はい。
 わたしはいつぞや、諏訪(すわ)の森の辺りで、あなたさまに片腕を斬られた者でございます。
 今夜はあなたに、片腕を返してもらおうと、こうしてやって来たのです」
 それを聞いて、左近は身構えました。
 少しでも怪しい動きをすれば、老婆を蹴り倒すつもりです。
「それでは、そなたはあの時の鬼女」
「いかにも、わたしは、鬼女でございます。
 ですが以前は、越後(えちご)の国の弥彦在の百姓、弥三郎の母でした。
 それが悪念の因果で生きながら鬼女となり、人を食らう様になりました。
 越後の国だけでは物足らず、こうして佐渡の国まで荒らし回って、みんなから恐れられる様になりました。
 それを先ごろ、あなたさまに片腕を落とされて、はじめておのれの犯してきた罪の深さに目覚めたのでございます。
 これからのち、再び罪を犯さないためにも、あの片腕を悪業の証しとして身近に置いておきたく思うのです。
 どうか、あのみにくい片腕をお返し下さい」
 老婆はそう言って、涙を流しました。
「・・・わかった」
 老婆が本心から悔い改めようとしているのを感じた左京は、床の間からその片腕を持って来て渡しました。
 老婆は片手でそれを頂き、深々と頭を下げながら礼をのべると、どこかへ立ち去っていきました。

 それ以来、佐渡では、もう鬼女は二度と姿を現わさなかったそうです。
   おしまい