国会・政治


    自民党総裁選9月17日に告示される。石破茂・元幹事長が立候補を断念したことから、岸田文雄・前政調会長、高市早苗・前総務相、河野太郎行政・規制改革相、野田聖子・幹事長代行の4氏で争う構図が固まった。ジャーナリストの鮫島浩さんは「各社の世論調査では河野氏の支持率が最も高い。しかし2012年の総裁選で石破氏が安倍氏決選投票で敗れたように、このままでは河野氏も決選投票で敗れる恐れがある」という――。

    ■河野氏は今の政治を変えることができるのか

    河野太郎ワクチン担当相が長老支配や派閥政治の打破に期待する世論の追い風を受けて自民党総裁選の主役に躍り出た。最大派閥を率いるキングメーカー安倍晋三前首相は世代交代を嫌って河野政権阻止に躍起だ。このまま河野氏が総裁レースを制するのか、それとも岸田文雄前政調会長と高市早苗前総務相の2・3位連合で逆転を目論む安倍氏がさいごに笑うのか。自民党内の権力闘争にマスコミ報道は集中している。

    だが、その前に問うておきたいことがある。河野氏は本気で「安倍支配からの脱却」を目指しているのか。それをやり抜く実行力があるのか。

    河野氏はテレビ番組で「自分で言うのもなんですけど……言っちゃいますけど、やはり河野太郎でなかったら、ワクチンはここまでこなかっただろうと正直思っています」と自画自賛した。しかし、河野氏はワクチン確保がなぜ諸外国より遅れたのかを明確に説明したことがない。ワクチンが届かず各自治体で予約停止が相次いだ時も納得のいく説明はなかった。

    本人は実行力や説明力をアピールしているが、実はイメージ先行なのではないか。自らに批判的なツイッターアカウントを次々にブロックしたのは当然の権利と開き直るように、首相になれば強権を振り回すのではないか。単なる権力志向のポピュリストなのではないか――彼には空疎なリーダー像がどこかで付きまとう。

    河野氏の真贋を見極めるには、今から20年前の総裁選で「自民党をぶっ壊す」と叫んで大逆転勝利を収め、長期政権を実現させた小泉純一郎氏(小泉進次郎環境相の父)との対比が有効である。小泉構造改革への賛否は別として、小泉氏がイメージ先行ではなく実際に自民党を大きく変革したのは歴史的事実だ。

    河野氏が総裁選を勝ち抜き、安倍支配に終止符を打って自民党を変えるために足りないものを考察してみよう。

    ■「自民党をぶっ壊す」で大勝した非主流派・小泉純一郎

    若い世代には想像できないかもしれないが、安倍氏が率いる最大派閥・清和会(現細田派)は自民党史において長らく非主流派だった。自民党を支配してきたのは武闘派と呼ばれた経世会(現竹下派)とお公家集団と呼ばれた宏池会(現岸田派)だった。

    中卒程度の学歴にして首相に上り詰めた田中角栄氏の流れをくむのが経世会だ。最大派閥として自民党の選挙や国会対策を牛耳り、竹下登橋本龍太郎小渕恵三ら首相を輩出した。宏池会池田勇人大平正芳宮澤喜一ら大蔵省(現財務省エリート官僚出身の首相を輩出し、ハト派の政策集団として経世会を支えた。

    経世会宏池会が支配する自民党は、愛国心や排外主義といったイデオロギーを極力抑え込んで経済成長に専念し、その果実を国民に広く分配する政治を追求してきた。この結果、戦後日本は貧富の格差が小さい「一億総中流」と呼ばれる社会になったのである。

    これを大転換させたのは今から20年前、非主流派のタカ派・清和会に属してきた小泉純一郎氏が大勝した自民党総裁選である。小泉氏は最大派閥が担ぐ橋本龍太郎氏に党員投票で圧勝し、一挙に首相の座をつかんだ。「小泉劇場」と呼ばれた大逆転劇は日本政治史の重要な転換点だ。

    小泉氏は経世会宏池会を頂点とする政界・官界・財界の主流派を「抵抗勢力」と名づけ、彼らが独占してきた既得権益を打破する「構造改革」を掲げた。首相就任後は自民党財務省など有力省庁が主導する政策決定システムを変革。大学教授の竹中平蔵氏を経済政策の司令塔として閣僚に抜擢し、官邸主導で経済政策を推進した。

    小泉政権の5年半で経世会宏池会弱体化し、自民党清和会支配に突入した。それに伴って弱者を支えてきた「富の再分配」は縮小され、規制緩和が進んで「強い者がより豊かになる」競争主義が加速し、貧富の格差が急拡大した。

    ■安倍・菅政権の系譜と総裁選の構図

    小泉氏から後継指名されたのが同じ清和会安倍氏だった。

    2006年に誕生した第一次安倍内閣は短命に終わったものの、12年発足の第二次安倍内閣は官邸主導の政治を確立し、日本史上最長の7年8カ月も続いた。経済政策「アベノミクス」は株価を飛躍的に押し上げて大企業や富裕層を潤わせる一方、労働者の実質賃金は一向に上がらず、貧富の格差はどんどん拡大していったのである。

    菅義偉内閣もこの路線を受け継いだ。菅氏は安倍内閣を官房長官として支えてきたのだから当然だろう。安倍氏は菅内閣でも隠然たる影響力を残した。菅内閣の支持率が続落して今秋の衆院選自民党苦戦が予想されると、安倍氏は総裁選で対抗馬に名乗りをあげた岸田氏に加勢し、菅首相を不出馬に追い込んだ。岸田氏は安倍氏の後ろ盾を得て一時は総裁レーストップに躍り出たのである。

    岸田氏は伝統的に「富の再分配」を重視してきた宏池会の会長だ。しかし現在の宏池会はかつての威光を失い、清和会に屈している。しかも岸田氏は安倍氏に極めて従順だ。岸田政権なら安倍路線が継続されるのは間違いない。安倍氏キングメーカーの座も安泰だ。

    そこへ参戦したのが、各種世論調査で「新総裁にふさわしい人」のトップに立つ河野氏だった。「安倍支配からの脱却」を鮮明に打ち出している石破茂元幹事長は出馬を見送り、河野氏支持を表明。「安倍氏が支援する岸田・高市陣営」vs「安倍氏が警戒する河野・石破陣営」という対決構図が見えてきた。

    ■決選投票になれば“河野優位”はあやうい

    ここで今回の総裁選のルールをおさらいしよう。国会議員票383票(1人1票)と党員票383票(約113万人の党員票を比例配分)の計766票のうち過半数を取れば勝ちだ。誰も過半数に届かなければ上位2人による決選投票となる。国会議員票383票と各1票ずつの都道府県連票47票の計430票で争う形式だ。決選投票にもつれ込めば「派閥の力」がモノを言う。

    朝日新聞が9月11、12日に実施した世論調査によると、自民党支持層が新総裁にふさわしいと考えるのは①河野氏 42% ②岸田氏 19% ③石破氏 13% ④高市氏 12%の順だった。河野氏は党員投票でトップに立つ可能性が高い。

    一方、最大派閥の細田派と第二派閥の麻生派には河野氏への抵抗感が強く、河野氏は国会議員票で圧勝するのは難しそうだ。最初の投票で過半数に届かなければ、決選投票で2・3位連合に逆転される可能性が十分にある。

    安倍氏も河野氏と岸田氏の一騎打ちなら河野氏に軍配が上がると考えた。そこで国家観や歴史観などの右派的な政治信条が極めて近い高市氏を擁立し、左右両方から党員票を取り込んで分散させ、決選投票に持ち込む戦略を描いた。

    河野氏も当初は安倍氏を敵に回して勝つのは難しいと考えたのだろう。

    正式な出馬表明に先立って安倍氏を訪ねて出馬の意向を伝え、安倍氏が警戒する「脱原発」や「女系天皇賛成」の持論を封印して歩み寄る姿勢を見せた。さらに安倍氏が最も恐れる「森友学園事件の再調査」も「必要ない」と明言し、安倍氏の支持を獲得する意欲を示したのだ。

    ■「石破型」で逆転負けか、「小泉型」で圧勝か

    それでも安倍氏が河野支持に転じることはなかった。主要派閥が河野氏に雪崩を打つ展開にはならなかったのである。

    これを受けて河野氏は安倍氏の天敵である石破氏を訪ねて支援を要請した。この結果、細田派麻生派で一挙に河野警戒論が高まった。候補者をさらに増やして党員投票を分散させることを狙って、推薦人確保に苦労していた野田聖子幹事長代行に推薦人を貸す動きまで出始めたのである。

    以上がこれまでの経緯である。安倍支配を容認するのか、否定するのか、実は河野氏は明確な姿勢を示していない。それを曖昧にしたまま「イメージ先行」で逃げ切れるのか。長老支配や派閥政治を打破する河野氏への期待がしぼめば、最初の投票で過半数を獲得するのは困難となり、石破氏が決選投票安倍氏に逆転された2012年総裁選の構図が再現される可能性が高まる。

    むしろ小泉氏が「抵抗勢力」との対決姿勢を前面に打ち出して地滑り的に勝利した2001年総裁選に習って安倍氏との対決姿勢を明確に掲げたほうが、党員投票で圧勝的な支持を得て一気に過半数を制することができるのではないか。「石破型」で逆転負けか、「小泉型」で圧勝か。河野氏は重大な岐路に立っている。小泉型を目指すなら、安倍氏と決別する覚悟が不可欠だ。

    ■切れ味を鈍らせる安倍氏への接近

    小泉型の特徴は、最大派閥が受け入れ難い公約を高らかに掲げたことだった。小泉氏の長年の持論である郵政民営化である。当時の派閥政治を牛耳っていたのは郵政族の重鎮・野中広務元幹事長だった。小泉氏は野中氏を「抵抗勢力のドン」と位置付け、全面対決を挑んだ。ここから「小泉劇場」が幕を開ける。

    現代に置き換えると、安倍氏が受け入れ難い河野氏の持論は「脱原発」である。安倍最側近として官邸で菅官房長官以上に権勢を振るった今井尚哉元首相補佐官は経産省出身で強烈な原発推進論者だ。今回の総裁選では岸田陣営に出入りし「安倍氏の本命は岸田氏」とささやかれる根拠となった。

    河野氏は安倍氏に遠慮して原発再稼働を容認する姿勢を見せたが、小泉型を目指すのなら「脱原発」に立ち戻り、再生エネルギーへの大胆な変革を最大の争点に掲げ、原発推進派を「抵抗勢力」に仕立てる真っ向対決を挑むべきだろう。

    ■河野氏に残された唯一の“勝ちパターン”

    小泉氏は経済政策の転換を実行するため、抵抗勢力と全面対決する強力な布陣をしいた。まずは毒舌で国民的人気の高かった田中角栄氏の娘・田中真紀子氏を応援団に引き入れ、外相に抜擢。この人事は内閣支持率を大きく上昇させた。

    そのうえで長年の盟友である山崎派会長の山崎拓氏を幹事長に、清和会を旗揚げした福田赳夫元首相の長男・福田康夫氏を官房長官に起用して脇を固めた。さらに前任の首相で清和会会長の森喜朗氏との関係を維持し、野中氏ら抵抗勢力に政敵を絞り込んだ。

    現代の河野氏に置き換えると、世論喚起の起爆剤である田中真紀子役になりうるのは小泉進次郎環境相であろう。党運営の要である山崎拓役は石破氏をおいて他にない。河野氏は石破氏と盟友関係ではないが、安倍氏に最も干された石破氏の幹事長起用は「安倍支配からの脱却」のシンボルとなる。

    官房長官福田康夫役は息子の福田達夫氏(清和会)でどうか。達夫氏は父の内閣で首相秘書官を務め、官邸の事情に精通。当選3回以下の衆院議員90人が参加する「党風一新の会」を立ち上げ派閥政治の打破に動いている。父の康夫氏は安倍氏に批判的なことで知られ、達夫氏の抜擢も「安倍支配からの脱却」のシンボルとなろう。

    森喜朗役にあてはまるのは現首相の菅氏と河野氏の派閥の親分である麻生太郎氏だ。小泉氏が森氏に一定の配慮を示して野中氏ら抵抗勢力と分断したように、河野氏は菅・麻生両氏と安倍氏の分断を図ればよい。

    安倍支配からの脱却は掛け声だけは実行できない。それを象徴する強力な「目玉政策」と「布陣」が不可欠だ。小泉政権から学ぶべき点である。

    ■安倍・菅政権からの路線転換こそ河野氏に求められる役割だ

    最後に大切なことを指摘しておきたい。河野氏が「安倍支配からの脱却」に成功したところで、肝心の経済政策が安倍路線を踏襲すれば、河野政権誕生の歴史的意義は消失するだろう。

    原発政策にとどまらず、小泉政権から安倍・菅政権にかけて長期にわたる清和会支配がもたらした格差社会からの転換を打ち出すことが、河野氏に求められる歴史的役割ではないか。

    石破氏はかつて小泉構造改革の信奉者だった。安倍氏に干され続ける間に「富の再分配」を重視する経済政策に軸足を移した。安倍・菅政権で要職にありつづけた河野氏は、小泉政権以来の清和会が主導した競争重視の立場を取り続けている。河野政権が誕生しても、貧富の格差を拡大させる自民党政治の潮流が受け継がれるのならば、今回の総裁選は単なる「コップの中の権力闘争」でしかない。

    その場合、総裁選後の衆院選は、格差是正を掲げる野党と政権をかけた戦いという構図が強まる。私たち有権者はこの総裁選を単なる「首相レース」に終わらせることなく、自民党が志向する社会像が変わるか否かをしっかりと見極め、衆院選に備えたい。

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    鮫島 浩(さめじま・ひろし
    ジャーナリスト
    1994年京都大学法学部を卒業し、朝日新聞に入社。政治記者として菅直人竹中平蔵、古賀誠、与謝野馨町村信孝らを担当。政治部デスク、特別報道部デスクを歴任。数多くの調査報道を指揮し、福島原発の「手抜き除染」報道で新聞協会賞受賞。2014年福島原発事故「吉田調書報道」を担当。テレビ朝日AbemaTVABCラジオなど出演多数。2021年5月31日、49歳で新聞社を退社し、独立。SAMEJIMA TIMES主宰。

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    記者会見で自民党総裁選への出馬を表明し、質問を聞く河野太郎規制改革担当相=2021年9月10日午後、東京・永田町の衆院議員会館  - 写真=時事通信フォト


    (出典 news.nicovideo.jp)


    <このニュースへのネットの反応>

    安倍意識してるのはお前だけじゃないのか


    ねぇよ


    誰か翻訳して欲しい


    アベガーを拗らせたやつの妄言としか。


    まあ・・・総裁決めるの国民じゃないからな。内輪でやってるんだからどうだっていいのが正直。どっちにしたって、野党に投票する価値がないから・・・・


    無能ジャーナリストの無能な空想だろ!何か証拠でもあるのか?そもそも安倍妥当なら菅さんが河野支持に回ったのはどう説明するの?菅さんは安倍さん派だろ!安倍打倒なら菅打倒って同義語だろ!それに麻生派も河野支持だが内部で割れてるとの話もある。麻生が河野に着いたら金融緩和にも影響出るだろ。改革訴えてるのに。そういうのは無視するんだな。結局陰謀論と大差ない!レベル!


    3人のうち誰が首相になってもマスごみの期待するようなことにはならないぞ。


    安倍支配をぶっ壊すと言って欲しい。アベガーっていつまで経っても頭が悪いですね。だから毎度毎度選挙で虐*れるんですね。


    安倍の支配ってお前等の脳内にしか存在しないし、そこさ既にブッ壊れてるからコレ以上壊し様がなくね???


    〜をぶっ壊すってのは、自分から新しく始めるって事になるから短命に終わる可能性が高いんだよな


    プロフィール見て朝日新聞関係者で納得、アベガーで頭ぶっ壊れてやがるわ


    >しかし、河野氏はワクチン確保がなぜ諸外国より遅れたのかを明確に説明したことがない あるよ


    凄いな、俺が認めなきゃ首相にさせないとか特権階級気取りか。アベガーは自分は*以下ですって大声でわめいて恥ずかしくないんかね?


    マスコミ利権をぶっ壊すって言ってくれたら諸手を挙げて応援するんだけどな


    朝日新聞に関わるとこのように頭がおかしくなってしまいますw


    「河野はウリたちパヨクの希望ニダ!!」ってかw


    今の民主系の支持率を見れば同じ手口が通用しないものだと分析できるの思うのだけれど


    石破が支持するなんてことになったから河野さんにこういう虫が集るようになってしまった。


    河野、石破、小泉連合で統一教会とズブズブの安倍を追い出せば自民も少しはまともになるやろw


    河野さんは単に自民若手の希望として選ばれているだけで、クソサヨどもが群がって来てもお前らの望む様な政治にはならんよ





    自民党総裁選9月17日に告示される。石破茂・元幹事長が立候補を断念したことから、岸田文雄・前政調会長、高市早苗・前総務相、河野太郎行政・規制改革相、野田聖子・幹事長代行の4氏で争う構図が固まった。ジャーナリストの鮫島浩さんは「各社の世論調査では河野氏の支持率が最も高い。しかし2012年の総裁選で石破氏が安倍氏決選投票で敗れたように、このままでは河野氏も決選投票で敗れる恐れがある」という――。

    ■河野氏は今の政治を変えることができるのか

    河野太郎ワクチン担当相が長老支配や派閥政治の打破に期待する世論の追い風を受けて自民党総裁選の主役に躍り出た。最大派閥を率いるキングメーカー安倍晋三前首相は世代交代を嫌って河野政権阻止に躍起だ。このまま河野氏が総裁レースを制するのか、それとも岸田文雄前政調会長と高市早苗前総務相の2・3位連合で逆転を目論む安倍氏がさいごに笑うのか。自民党内の権力闘争にマスコミ報道は集中している。

    だが、その前に問うておきたいことがある。河野氏は本気で「安倍支配からの脱却」を目指しているのか。それをやり抜く実行力があるのか。

    河野氏はテレビ番組で「自分で言うのもなんですけど……言っちゃいますけど、やはり河野太郎でなかったら、ワクチンはここまでこなかっただろうと正直思っています」と自画自賛した。しかし、河野氏はワクチン確保がなぜ諸外国より遅れたのかを明確に説明したことがない。ワクチンが届かず各自治体で予約停止が相次いだ時も納得のいく説明はなかった。

    本人は実行力や説明力をアピールしているが、実はイメージ先行なのではないか。自らに批判的なツイッターアカウントを次々にブロックしたのは当然の権利と開き直るように、首相になれば強権を振り回すのではないか。単なる権力志向のポピュリストなのではないか――彼には空疎なリーダー像がどこかで付きまとう。

    河野氏の真贋を見極めるには、今から20年前の総裁選で「自民党をぶっ壊す」と叫んで大逆転勝利を収め、長期政権を実現させた小泉純一郎氏(小泉進次郎環境相の父)との対比が有効である。小泉構造改革への賛否は別として、小泉氏がイメージ先行ではなく実際に自民党を大きく変革したのは歴史的事実だ。

    河野氏が総裁選を勝ち抜き、安倍支配に終止符を打って自民党を変えるために足りないものを考察してみよう。

    ■「自民党をぶっ壊す」で大勝した非主流派・小泉純一郎

    若い世代には想像できないかもしれないが、安倍氏が率いる最大派閥・清和会(現細田派)は自民党史において長らく非主流派だった。自民党を支配してきたのは武闘派と呼ばれた経世会(現竹下派)とお公家集団と呼ばれた宏池会(現岸田派)だった。

    中卒程度の学歴にして首相に上り詰めた田中角栄氏の流れをくむのが経世会だ。最大派閥として自民党の選挙や国会対策を牛耳り、竹下登橋本龍太郎小渕恵三ら首相を輩出した。宏池会池田勇人大平正芳宮澤喜一ら大蔵省(現財務省エリート官僚出身の首相を輩出し、ハト派の政策集団として経世会を支えた。

    経世会宏池会が支配する自民党は、愛国心や排外主義といったイデオロギーを極力抑え込んで経済成長に専念し、その果実を国民に広く分配する政治を追求してきた。この結果、戦後日本は貧富の格差が小さい「一億総中流」と呼ばれる社会になったのである。

    これを大転換させたのは今から20年前、非主流派のタカ派・清和会に属してきた小泉純一郎氏が大勝した自民党総裁選である。小泉氏は最大派閥が担ぐ橋本龍太郎氏に党員投票で圧勝し、一挙に首相の座をつかんだ。「小泉劇場」と呼ばれた大逆転劇は日本政治史の重要な転換点だ。

    小泉氏は経世会宏池会を頂点とする政界・官界・財界の主流派を「抵抗勢力」と名づけ、彼らが独占してきた既得権益を打破する「構造改革」を掲げた。首相就任後は自民党財務省など有力省庁が主導する政策決定システムを変革。大学教授の竹中平蔵氏を経済政策の司令塔として閣僚に抜擢し、官邸主導で経済政策を推進した。

    小泉政権の5年半で経世会宏池会弱体化し、自民党清和会支配に突入した。それに伴って弱者を支えてきた「富の再分配」は縮小され、規制緩和が進んで「強い者がより豊かになる」競争主義が加速し、貧富の格差が急拡大した。

    ■安倍・菅政権の系譜と総裁選の構図

    小泉氏から後継指名されたのが同じ清和会安倍氏だった。

    2006年に誕生した第一次安倍内閣は短命に終わったものの、12年発足の第二次安倍内閣は官邸主導の政治を確立し、日本史上最長の7年8カ月も続いた。経済政策「アベノミクス」は株価を飛躍的に押し上げて大企業や富裕層を潤わせる一方、労働者の実質賃金は一向に上がらず、貧富の格差はどんどん拡大していったのである。

    菅義偉内閣もこの路線を受け継いだ。菅氏は安倍内閣を官房長官として支えてきたのだから当然だろう。安倍氏は菅内閣でも隠然たる影響力を残した。菅内閣の支持率が続落して今秋の衆院選自民党苦戦が予想されると、安倍氏は総裁選で対抗馬に名乗りをあげた岸田氏に加勢し、菅首相を不出馬に追い込んだ。岸田氏は安倍氏の後ろ盾を得て一時は総裁レーストップに躍り出たのである。

    岸田氏は伝統的に「富の再分配」を重視してきた宏池会の会長だ。しかし現在の宏池会はかつての威光を失い、清和会に屈している。しかも岸田氏は安倍氏に極めて従順だ。岸田政権なら安倍路線が継続されるのは間違いない。安倍氏キングメーカーの座も安泰だ。

    そこへ参戦したのが、各種世論調査で「新総裁にふさわしい人」のトップに立つ河野氏だった。「安倍支配からの脱却」を鮮明に打ち出している石破茂元幹事長は出馬を見送り、河野氏支持を表明。「安倍氏が支援する岸田・高市陣営」vs「安倍氏が警戒する河野・石破陣営」という対決構図が見えてきた。

    ■決選投票になれば“河野優位”はあやうい

    ここで今回の総裁選のルールをおさらいしよう。国会議員票383票(1人1票)と党員票383票(約113万人の党員票を比例配分)の計766票のうち過半数を取れば勝ちだ。誰も過半数に届かなければ上位2人による決選投票となる。国会議員票383票と各1票ずつの都道府県連票47票の計430票で争う形式だ。決選投票にもつれ込めば「派閥の力」がモノを言う。

    朝日新聞が9月11、12日に実施した世論調査によると、自民党支持層が新総裁にふさわしいと考えるのは①河野氏 42% ②岸田氏 19% ③石破氏 13% ④高市氏 12%の順だった。河野氏は党員投票でトップに立つ可能性が高い。

    一方、最大派閥の細田派と第二派閥の麻生派には河野氏への抵抗感が強く、河野氏は国会議員票で圧勝するのは難しそうだ。最初の投票で過半数に届かなければ、決選投票で2・3位連合に逆転される可能性が十分にある。

    安倍氏も河野氏と岸田氏の一騎打ちなら河野氏に軍配が上がると考えた。そこで国家観や歴史観などの右派的な政治信条が極めて近い高市氏を擁立し、左右両方から党員票を取り込んで分散させ、決選投票に持ち込む戦略を描いた。

    河野氏も当初は安倍氏を敵に回して勝つのは難しいと考えたのだろう。

    正式な出馬表明に先立って安倍氏を訪ねて出馬の意向を伝え、安倍氏が警戒する「脱原発」や「女系天皇賛成」の持論を封印して歩み寄る姿勢を見せた。さらに安倍氏が最も恐れる「森友学園事件の再調査」も「必要ない」と明言し、安倍氏の支持を獲得する意欲を示したのだ。

    ■「石破型」で逆転負けか、「小泉型」で圧勝か

    それでも安倍氏が河野支持に転じることはなかった。主要派閥が河野氏に雪崩を打つ展開にはならなかったのである。

    これを受けて河野氏は安倍氏の天敵である石破氏を訪ねて支援を要請した。この結果、細田派麻生派で一挙に河野警戒論が高まった。候補者をさらに増やして党員投票を分散させることを狙って、推薦人確保に苦労していた野田聖子幹事長代行に推薦人を貸す動きまで出始めたのである。

    以上がこれまでの経緯である。安倍支配を容認するのか、否定するのか、実は河野氏は明確な姿勢を示していない。それを曖昧にしたまま「イメージ先行」で逃げ切れるのか。長老支配や派閥政治を打破する河野氏への期待がしぼめば、最初の投票で過半数を獲得するのは困難となり、石破氏が決選投票安倍氏に逆転された2012年総裁選の構図が再現される可能性が高まる。

    むしろ小泉氏が「抵抗勢力」との対決姿勢を前面に打ち出して地滑り的に勝利した2001年総裁選に習って安倍氏との対決姿勢を明確に掲げたほうが、党員投票で圧勝的な支持を得て一気に過半数を制することができるのではないか。「石破型」で逆転負けか、「小泉型」で圧勝か。河野氏は重大な岐路に立っている。小泉型を目指すなら、安倍氏と決別する覚悟が不可欠だ。

    ■切れ味を鈍らせる安倍氏への接近

    小泉型の特徴は、最大派閥が受け入れ難い公約を高らかに掲げたことだった。小泉氏の長年の持論である郵政民営化である。当時の派閥政治を牛耳っていたのは郵政族の重鎮・野中広務元幹事長だった。小泉氏は野中氏を「抵抗勢力のドン」と位置付け、全面対決を挑んだ。ここから「小泉劇場」が幕を開ける。

    現代に置き換えると、安倍氏が受け入れ難い河野氏の持論は「脱原発」である。安倍最側近として官邸で菅官房長官以上に権勢を振るった今井尚哉元首相補佐官は経産省出身で強烈な原発推進論者だ。今回の総裁選では岸田陣営に出入りし「安倍氏の本命は岸田氏」とささやかれる根拠となった。

    河野氏は安倍氏に遠慮して原発再稼働を容認する姿勢を見せたが、小泉型を目指すのなら「脱原発」に立ち戻り、再生エネルギーへの大胆な変革を最大の争点に掲げ、原発推進派を「抵抗勢力」に仕立てる真っ向対決を挑むべきだろう。

    ■河野氏に残された唯一の“勝ちパターン”

    小泉氏は経済政策の転換を実行するため、抵抗勢力と全面対決する強力な布陣をしいた。まずは毒舌で国民的人気の高かった田中角栄氏の娘・田中真紀子氏を応援団に引き入れ、外相に抜擢。この人事は内閣支持率を大きく上昇させた。

    そのうえで長年の盟友である山崎派会長の山崎拓氏を幹事長に、清和会を旗揚げした福田赳夫元首相の長男・福田康夫氏を官房長官に起用して脇を固めた。さらに前任の首相で清和会会長の森喜朗氏との関係を維持し、野中氏ら抵抗勢力に政敵を絞り込んだ。

    現代の河野氏に置き換えると、世論喚起の起爆剤である田中真紀子役になりうるのは小泉進次郎環境相であろう。党運営の要である山崎拓役は石破氏をおいて他にない。河野氏は石破氏と盟友関係ではないが、安倍氏に最も干された石破氏の幹事長起用は「安倍支配からの脱却」のシンボルとなる。

    官房長官福田康夫役は息子の福田達夫氏(清和会)でどうか。達夫氏は父の内閣で首相秘書官を務め、官邸の事情に精通。当選3回以下の衆院議員90人が参加する「党風一新の会」を立ち上げ派閥政治の打破に動いている。父の康夫氏は安倍氏に批判的なことで知られ、達夫氏の抜擢も「安倍支配からの脱却」のシンボルとなろう。

    森喜朗役にあてはまるのは現首相の菅氏と河野氏の派閥の親分である麻生太郎氏だ。小泉氏が森氏に一定の配慮を示して野中氏ら抵抗勢力と分断したように、河野氏は菅・麻生両氏と安倍氏の分断を図ればよい。

    安倍支配からの脱却は掛け声だけは実行できない。それを象徴する強力な「目玉政策」と「布陣」が不可欠だ。小泉政権から学ぶべき点である。

    ■安倍・菅政権からの路線転換こそ河野氏に求められる役割だ

    最後に大切なことを指摘しておきたい。河野氏が「安倍支配からの脱却」に成功したところで、肝心の経済政策が安倍路線を踏襲すれば、河野政権誕生の歴史的意義は消失するだろう。

    原発政策にとどまらず、小泉政権から安倍・菅政権にかけて長期にわたる清和会支配がもたらした格差社会からの転換を打ち出すことが、河野氏に求められる歴史的役割ではないか。

    石破氏はかつて小泉構造改革の信奉者だった。安倍氏に干され続ける間に「富の再分配」を重視する経済政策に軸足を移した。安倍・菅政権で要職にありつづけた河野氏は、小泉政権以来の清和会が主導した競争重視の立場を取り続けている。河野政権が誕生しても、貧富の格差を拡大させる自民党政治の潮流が受け継がれるのならば、今回の総裁選は単なる「コップの中の権力闘争」でしかない。

    その場合、総裁選後の衆院選は、格差是正を掲げる野党と政権をかけた戦いという構図が強まる。私たち有権者はこの総裁選を単なる「首相レース」に終わらせることなく、自民党が志向する社会像が変わるか否かをしっかりと見極め、衆院選に備えたい。

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    鮫島 浩(さめじま・ひろし
    ジャーナリスト
    1994年京都大学法学部を卒業し、朝日新聞に入社。政治記者として菅直人竹中平蔵、古賀誠、与謝野馨町村信孝らを担当。政治部デスク、特別報道部デスクを歴任。数多くの調査報道を指揮し、福島原発の「手抜き除染」報道で新聞協会賞受賞。2014年福島原発事故「吉田調書報道」を担当。テレビ朝日AbemaTVABCラジオなど出演多数。2021年5月31日、49歳で新聞社を退社し、独立。SAMEJIMA TIMES主宰。

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    記者会見で自民党総裁選への出馬を表明し、質問を聞く河野太郎規制改革担当相=2021年9月10日午後、東京・永田町の衆院議員会館  - 写真=時事通信フォト


    (出典 news.nicovideo.jp)


    <このニュースへのネットの反応>




    なぜ菅義偉首相は1年で退任することになったのか。元外務省職員の前田雄大さんは「菅首相には、質問に答えない、言葉が響かないという批判が付きまとい支持を失った。官房長官時代と変わらない言葉遣いや会見スタイルが裏目になった」という――。

    ■なぜ菅首相が退任に追い込まれたのか

    菅義偉首相が自民党総裁選への立候補を断念し、9月末の総裁任期満了に伴って首相を退任することになった。7年8カ月に及んだ安倍政権を支え、昨秋の総裁選で圧倒的な得票で党総裁に選ばれながら、なぜ1年でトップの座を明け渡すことになったのだろうか。

    新聞やテレビ報道では、派閥の動向に着目した政局から解説がなされることが多いが、筆者は、菅首相のある“言葉遣い”に決定的な原因があると考えている。

    緊急事態宣言の発出や延長に際し、菅首相は繰り返し記者会見に臨んだ。そのたびに向けられたのが「聞かれたことに答えていない」「言葉が響かない」という批判の声だった。

    月刊誌『文藝春秋10月号によれば、菅首相は同誌の単独インタビューでこうした批判を受け止めつつ、「どうしたら国民に言葉が届くのか、もう一度一からやり直さないといけないと感じています」と述べている。菅首相は自身の欠点を認識していたものの、最後まで“言葉遣い”を修正できなかった。

    筆者は外務省の官僚時代、首相や大臣の国会答弁、プレス対応用の応答要領などをこの手で書き、また同僚が書いたものをチェックし、決裁をしてきた。その経験から、菅首相がなぜ評判が芳しくない言葉遣い、記者会見スタイルを続けたのかを読み解きたい。

    実際に首相会見では、記者の質問に正面から回答することはほとんどなかった。具体的に会見内容を見ていくとその傾向がよく分かる。8月25日の首相会見を例にとりたい。

    ■菅首相の言葉への違和感の正体

    記者会見は首相官邸の記者会見場で開かれた。会見時間は約1時間。まず冒頭の約15分間、菅首相が用意された原稿を読み上げる形で、施策の発表と現状の分析、そして今後の見通しについてスピーチ。次に記者からの質疑となる。(参考:新型コロナウイルス感染症に関する菅内閣総理大臣記者会見

    この質疑応答で、国民の気持ちを代弁するような、分かりやすい質問をビデオニュース・ドットコム神保哲生氏が行った。質問の要旨は単純明快。「菅政権のコロナ対策は本当にうまくいっていると思っているのか。その根拠は何か。問題があるなら何か」である。

    これに対する菅首相の回答の要旨は以下である。

    ・自分は毎日コロナ対策をやってきた。コロナワクチン接種に全力で取り組んできた。
    ワクチンについては海外と制度が異なり、日本は制度上、どうしても遅れる仕組みになっている。しかし、これからワクチンは欧米並みに接種が進んでいく。
    ・自分自身、このワクチン接種には全力で取り組んできて、そこは良かった。引き続き、全力で取り組んでいきたい。
    コロナ対策をしっかり進めて、1日も早い、かつての日常を取り戻すことができるように全力でやっていきたい

    冷静に読み解けば分かるが、菅首相は質問に見事に答えていない。神保氏の関心は、ワクチン施策の評価だけではない。政府のコロナ対策全般が機能していないのではないかという疑問と、感染者数に歯止めがかからず、死者も出ている点で対応に問題はないのかを問うている。その現状認識の上で政府のコロナ対策は本当に結果を出せているのかを聞いている。

    神保氏は、別にワクチンの進捗がうまくいったかどうかを聞いているわけではない。

    菅首相や政府が全力でやったのかを聞いているわけでもないのだ。

    ■かみ合わない質疑応答

    以上を整理すると「あなたは本当に結果を出せていると思っているのか」という結果を問う質問に対して、「全力でやってきた」と頑張り度合いを答えている。「コロナ対策についての全体評価」を聞かれ「ワクチン政策の進捗の評価」に替えて答えているのだ。

    もう一つ、時系列で分かりやすい例があるのでご紹介したい。8月25日の質疑で最初に質問をした北海道新聞の記者であるが、彼の質問の要旨と菅首相の答弁を対応すると図表1のとおりになる。

    一見すると先ほどよりはマシのようだが、整理すると質問には答えていないことが分かる。「ワクチンに偏っているのではないか」というワクチン偏重の指摘に対して「ワクチンを含む3つの柱でやっていく」と答えているのはその典型だ。

    また、「出口はいつなのか」という「when」を尋ねているのに対して「出口戦略については、対策を徹底し、ワクチン接種を推進する」と「how」を答えている。

    ■明確な説明のない「お願い」

    実は、この北海道新聞記者は、同じ問題意識から7月30日にも質問をしている。その際の要旨は図表2のとおりだ。

    ここもすれ違っているのがお分かりいただけるであろうか。

    質問と答弁を対応させた場合、「政策が効果を発揮していないのではないか」の問いに、菅首相は「感染者が増えた原因はデルタ株である」と答えている。「いつ収束させるのか」の「when」の質問に、「総力を挙げてワクチン接種をやる」と答えている。特に、五輪については、はい/いいえ、で答えることのできる質問であるが、論点をずらして、聞かれてもいないテレビ観戦の話をしていることがわかる。

    この2度にわたる北海道新聞記者の質問のポイントは「毎回政策を打ちだしているが、効果は出ているのか。PDCAを回しているのか」という点にあるように私は思う。その上で、先が見えない状況が「いつ終わるのか」(when)を聞いている。

    しかし菅首相は2回とも質問に全く答えず、論点をずらしている。一般の視聴者であっても、こうした“すれ違い”が続くため、首相の言葉に違和感を覚えるのは当然だろう。事態に改善が見られていないようにも見えてしまうし、自粛や行動制限を「お願い」されても、国民から共感や納得は得られるはずがない。時間の経過とともに支持率が低下していったのは必然的であったと言える。

    そもそも、なぜ菅首相はこの評判の悪い“言葉遣い”を続けたのだろうか。私は菅首相が記者会見で読み上げる官僚が作った文章(答弁書)に最大の問題があると考えている。その文章は、「霞が関文学」と言える官僚作文の特有の技法がある。

    ■「霞が関文学」という守りの美学

    霞が関文学とは、一言で言えば「守りの美学」である。

    ロジックはこうだ。ほころびのある論点で深掘りをされると、旗色が悪くなる。深掘りされると回答がない。だからその論点は回避したい。ただ、直接回避をするとよくないので、答えているように振る舞い、自分のアピールできる論点に滑らかにつなげる。

    最後の、「自分のアピールできる論点に滑らかにつなげる」がミソである。

    このテクニックはなにも官僚の専売特許ではない。私たちの日常会話でも見られる。例えば、恋愛感情を抱いた相手の気持ちを確かめようと「私のことどう思う?」と尋ねるシーンを想像してほしい。相手が、本当に自分を好きであれば、シンプルに「好きだよ」と答える。

    しかし明確に答えられない事情があればどうだろう。

    回答する側は「たいして好きじゃない」とは言いにくい。「わからない」では旗色が悪い。よって「君といるのは楽しいよ」と一見ポジティブで無難な回答を選ぶだろう。

    「君といるのは楽しいよ」は程度の差こそあれ事実。嘘ではない。「好き」と言ったら、次に「じゃあ、付き合ってよ」となるかもしれないが、そのラインは越えてほしくない。そこで論点を滑らかにすり替えて相手に“それとなく”答えたような格好をする。尋ねた側も「楽しい」と言われたら悪い気はしない。「何が楽しいの」とさらに聞きたくなる。このように論点を変えてくれれば回答する側は窮地を一時的に回避できる――。

    卑近な例となってしまったが、このような守りのロジックを極めているのが霞が関官僚たちである。官僚たちは、首相や大臣が記者会見や国会答弁で使用する原稿を準備する。そこには、このテクニックを徹底的に仕込むのである。

    業界では「すれ違い答弁」という言葉があるほどで、巧妙にすれ違う美学を大事にしている官僚も多い。特に、突かれたくないポイントを突かれているときに多用される。

    ■都合の悪い質問はかわし、正面から答えない

    霞が関文学」が多用される答弁書では、都合の悪い質問にはその質問にかする論点で、プラスで答えられるものを探す。「はい/いいえ」で聞かれても、決してそうは答えないのが鉄則だ。

    基本的な回答のセットは、総論的に状況認識を繰り返し、状況は分かっている感を出す。次に自分の答えられるポイントに持っていけるフックを入れておく。自分の答えられるフィールドに来たら、そこを最大限アピールする。その材料はたいてい、冒頭記者会見で述べた内容が繰り返される。

    結びにもお決まりの定型がある。全体的に“頑張る姿勢”を示す。キーワードは「いずれにせよ」「全力で」「しっかり」「緊密に」「連携をしながら」「やっていきたい」であり、結果としておなじみのフレーズが多用されることになる。

    さて、この技法をお伝えした上で今回の事案を見ていきたい。

    初めに、総論として自分が全力でやってきたことに言及する。なぜなら、全力でやっているというのは、そのニュアンスだけ見ればポジティブであり、そして、全力でやったかどうかは否定しようがない。これによって「責任」や「評価」についての質問の論点をずらしながら、答えた感を出すのだ。

    ■説明よりも、政策のアピールに重点

    その中で、ワクチン接種であればアピールしたい数字がある。まだ答えられる。なんとかワクチンフィールドまでもっていきたいという思考が働く。その時に最初のくだりが効いてくる。全力でやった内容は何かという説明をする中で再びワクチンの話題にもっていくのだ。

    ただ、ここですれ違いが起きる。記者の質問は「ワクチンの現状」ではないからだ。コロナ対策全般や状況が改善していない理由、なぜワクチン一本足打法なのか、ということを聞いてもそこには答えず「全力でやっている」という説明に必ずなる。

    なぜか。質問に対していい回答ができない、あるいは答えたとしても言い訳と捉えられてしまう恐れがあると答弁を書く官僚側が分かっているからだ。したがって、この種の問いは何を聞いても、何回聞いても「ですから、ワクチンについて全力でやっている」となる。

    極端な話、「なぜイベルメクチンを承認しないのか」の質問にも全く同じ答弁ができあがる。最初に「コロナ対策についてはさまざまな声が上がっていると認識している」と一節入れて、そこから「その中で全力を」と書いて以下同文。この手のことはよくある。

    ■なぜ「守りの技法」が進化してきたのか

    一般常識で考えれば、聞かれたことに正面から答えて、未達成のもの、できないことは正直に認め理由を示すべきだろう。しかし、霞が関官僚にはその常識が通用しない。

    日本政治は「減点主義」であり、野党やメディアが政府の弱点を執拗に突く文化が根強いと筆者は感じている。結果、政官が守りを重視せざるを得なくなったと思う。正直に答えてしまえば、鬼の首を取ったように「責任を取れ」などと大合唱が始まる。世論が沸騰し、国会が紛糾してしまえば、国会対応に膨大なエネルギーを費やすことになる。これは霞が関の官僚にはどうしても避けたい事柄である。

    当然であるが政府は万能ではない。最大多数の幸福の原理にどうしても立ってしまうときがある。そのときに救われる最大の方に評価はいかずに、切り捨てられることになった側に焦点が当たることが非常に多い。褒められることはなく、攻められるばかりなのだ。国会やプレス対応を見ていただければ、それはすぐに傾向として分かる。

    つまり、まともな理由を述べようが述べまいが、突き立てられるのであり、責任追及をされる。その理屈に立つと自然と「守る」ことに集中せざるを得ないのだ。

    仮に「すれ違い答弁」を突破されたとしても、霞が関の官僚たちはあらかじめ別の防衛手段を準備している。何ページにも及ぶ想定問答だ。霞が関の官僚たちはいつ聞かれるか分からない質問に対して、膨大な時間と労力を割いている。その作業を、毎晩毎晩繰り返している。

    このような環境下では、最適解はやはり「一時的にしのぐ」ことに収斂される。政府が守りを強いられる論点があっても一時的にしのいでいれば、そのうちに別の事案が起きて、論点は移る。時間の経過をじっと待つことが有効な策になる。

    しかし、今回の新型コロナの感染拡大は一時的にしのげる論点にはならなかった。

    ■致命傷になった「官房長官スタイル」

    安倍政権を引き継いだ菅首相は、約1年で退任せざるを得なくなった。国民の支持を失った原因のひとつは、記者会見で発せられる言葉遣いだったと思う。

    菅首相の会見について、「いつも原稿を読んでいる」という批判がある。途中からプロンプターを使うようになったが、国民の違和感は取りのぞけなかった。視線や原稿の読み方をいくら変えても、読んでいる原稿は変わっていないのだから当然だ。

    もう一点、致命的な理由がある。それは菅首相が約7年8カ月におよぶ官房長官在任中に、霞が関文学の守りの技法を極めてしまったことだ。

    官房長官は、原則として1日に2回、政府のスポークスマンとして記者会見に臨む。冒頭発言は政策の公表だが、質疑でフロントに立ち、政府を代表して「守る」のが役割だ。菅首相は、官房長官スタイルが板についてしまった。つまり、官房長官時代の「一時しのぎ」の答弁スタイルを極めてしまったことが逆説的に致命傷につながったと言える。

    官房長官は「守り」の姿勢でいいかもしれない。しかし、首相というトップの立場にそのスタイルはふさわしくない。政府が何を考え、どのような方針で政策を進めていくのか。それらを発信し、政策の失敗や欠点を認めるのもトップにしかできない。トップにしか語ることができないことだ。

    筆者が答弁作成に携わった経験から言えば、この守りの技法には、根底から欠けている思想がある。それは守りに集中するあまりに、「いかに効果的にメッセージを伝えるか」という視点がないのだ。

    特にこの危機の時にあってはなおさらだ。トップ自ら「守りの技法」に依存しては、「国民に首相の言葉が響かない」と批判されるのも無理はないのである。なぜなら、トップが読んでいる原稿は、「守りの技法」を極めた霞が関官僚たちの言葉なのだから。

    ■トップこそ「自分の言葉」で語るべきだ

    守りの技法である「霞が関文学」は、官僚たちが長い年月をかけて完成させた答弁スタイルだ。減点主義的な政治環境、メディア、野党対応を考慮して収斂した技法だ。よって「霞が関文学」はメッセージを国民に伝えるという「攻め」が必要な場面で役に立たない。

    どんな事情があれ、国民の疑問に答えない記者会見ほど無意味なものはない。基本に立ち返れば、疑問には正面から答えるべきだ。答えは一つではない。批判もされるだろう。しかしなぜ政府がさまざまな選択肢から一つの決断を下したのか、選んだ理由や思考過程を洗いざらい打ち明けるほうが、国民の納得感は高いだろう。

    特に政府の新型コロナ対策は国民の一大関心事だ。「お願いベース」と言われるように、国民に協力を求めるならばなおさらのことだ。これは決して霞が関の官僚にはできない。トップの言葉が必要になる。

    政府のミスは許されない。そもそもミスはあり得ない――。いわゆる「無謬性の原則」が政官のみならず、国民の無意識の前提になっているように感じる。だが政府は完璧ではなく、失敗することもある。「すれ違い」を是とするのをやめ、トップはできることはできる、できないことはできないと、正直に自分の言葉で語るべきなのだ。

    政治家が繰り返し使う「国民と真摯に向き合う」とは本来そういう意味で、決して答弁の結びを飾るだけの無機質な文言ではない。次にどのリーダーが選ばれようと、リスクをとってでも国民と向き合い、自分の判断を雄弁に語ることが求められる。

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    前田 雄大(まえだ・ゆうだい
    外務省職員、EnergyShift発行人兼統括編集長(afterFITメディア事業部長)
    1984年生まれ。2007年東京大学経済学部経営学科を卒業後、外務省入省。開発協力、原子力、大臣官房業務などを経て、2017年から気候変動を担当。G20大阪サミットの成功に貢献。パリ協定に基づく成長戦略をはじめとする各種国家戦略の調整も担当。2020年より現職。日本経済研究センター日本経済新聞社が共同で立ち上げた中堅・若手世代による政策提言機関「富士山会合ヤングフォーラム」のフェローとしても現在活動中。自身が編集長を務める脱炭素メディア「EnergyShift」YouTubeチャンネル「エナシフTV」で情報を発信している。

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    記者会見する菅義偉首相=2021年9月9日、首相官邸 - 写真=時事通信フォト


    (出典 news.nicovideo.jp)


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    自民党総裁選2021年9月17日告示、29日投開票)の動向に注目が集まる中、自民党の政党支持率が上昇し、立憲民主党の支持率は下落している。菅義偉首相が総裁選出馬を断念したことも影響しているとみられる。

    出馬断念が明らかになる前の8月下旬には、党の世論調査を根拠に「十分に政権が変わる可能性がある」と語っていた立憲民主党枝野幸男代表。改めて世論調査を行い、「それに基づいた判断をしていく」とした。枝野氏は、すでに有権者もメディアも「総選挙モード」だと指摘。野党の主張も伝わりやすくなっているとして、発信を強化したい考えだ。

    菅氏の出馬断念前には「十分に政権が変わる可能性があるという結果」

    枝野氏は8月28日朝放送の「鶴蒔靖夫の話のキャッチボール」(ラジオ日本)で、野党の支持率が低迷しているという指摘に応える形で、報道各社よりもサンプル数が多い世論調査を党として行っているとして、

    「十分に政権が変わる可能性があるという結果が、我々の手元にはある」

    と述べていた。

    ただ、報道各社の調査では、立憲の支持率はさらに下落傾向だ。朝日新聞が菅氏の不出馬表明後の9月11~12日に行った世論調査では、政党支持率は自民党が37%で、前回調査(8月7、8日)から5ポイント上昇。一方、立憲は5%で、1ポイント下落している。比例区の投票先を聞いた質問でも傾向は同様で、自民が35%から42%に上昇し、立憲は15%から11%に下落した。NHKが9月10~12日に行った世論調査でも自民の支持率が上昇し、立憲は下がっている。

    9月13日記者会見で支持率低迷について問われた枝野氏は、

    「いつも申し上げているとおり、個別の世論調査についてはコメントしない」

    とする一方で、党の世論調査に改めて言及した。

    「私どもは私どもで、もっとサンプルの多い緻密な調査を選挙区ごとにやっている。菅さんが総裁選挙に出ないという状況を受けて再度進めているので、私たちはそれに基づいた判断をしていく」

    「総選挙モード」で「野党の『何を考えてるんだろう』ということを聞いていただける」

    その上で、「政治は時間の関数」だとして、有権者やメディアが「もう総選挙だ」というモードになっているとも指摘。メディアに対して野党についても報道するように求めると同時に、情報発信を強化していく考えを示した。

    「野党の『何を考えてるんだろう』ということを聞いていただけるし、メディアの皆さんも公平性の観点から報道していただける、という状況になっているので、まさに『時間の関数』としてギアを上げて、今、発信の仕方も回数も強めている、ということだ」

    「政治とは時間の関数」とは、枝野氏が台湾の李登輝・元総統に面会した時に伝えられた言葉で、それ以来、枝野氏は座右の銘にしている。

    9月13日の会見では、衆院選に向けた公約の第2弾を発表。この日は人権や多様性に関する(1)選択的夫婦別姓制度を早期に実現(2)LGBT平等法の制定/同性婚を可能とする法制度の実現を目指す(3)DV対策や性暴力被害支援など、困難を抱える女性への支援を充実(4)インターネット上の誹謗中傷を含む、性別・部落・民族・障がい・国籍、あらゆる差別の解消を目指すとともに、差別を防止し、差別に対応するため国内人権機関を設置(5)入国管理・難民認定制度を改善・透明化するとともに、入国管理制度を抜本的に見直し、多文化共生の取り組みを進める、の5項目を掲げた。

    J-CASTニュース編集部 工藤博司)

    記者会見する立憲民主党の枝野幸男代表(写真は立憲民主党の配信動画から)


    (出典 news.nicovideo.jp)


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