妖怪・怪談


    日本の民話 第70話 カワウソの名刀



    (出典 pbs.twimg.com)


    むかしむかし、日蓮上人(にちれんしょうにん)という偉いお坊さんが、石川県金沢市の本泉寺(ほんせんじ)というお寺にやってきました。
     ちょうどその時、お寺の前の川で工事をしていた村人たちが、大きなカワウソを捕まえました。
    「こいつだな。水遊びをしている子どもをおぼれさせたり、お寺へ来る人たちをだましたりするのは。二度と悪さが出来ないように、ここで殺してしまおう」
     村人たちは捕まえたカワウソの首に縄をかけると、カワウソの首をしめようとしました。
     するとそれに気づいたお坊さんが、あわてて村人たちに言いました。
    「お待ちなさい。たとえそのカワウソにうらみがあっても、生きている物の命を絶つ事はしてはならない」
    「しかし、お坊さま」
    「お願いじゃ。今日のところはわしに免じて、そのカワウソを逃がしてはくれないか」
    「まあ、お坊さまがそうおっしゃるのなら」
     村人がカワウソの首から縄をほどいてやると、命が助かったカワウソはうれしそうに川の中へ姿を消しました。

     さて、その夜の事。
     お坊さんが夜ふけまでお経の勉強をしていると、
    ♪コツコツ、コツコツ
    と、部屋の雨戸をたたく小さな音がしました。
     お坊さんが雨戸を開けてみると、カワウソが栗の木の皮に包んだ小さな刀を口にくわえていました。
    「おや、お前さんは昼間のカワウソか? それは何じゃな。それをわしにくれるというのか?」
     お坊さんがカワウソの小さな刀を手にすると、カワウソは満足そうに頭を下げて、どこかへ行ってしまいました。

     あとでお坊さんがその小刀を調べてみると、それは長谷部国重(はせべくにしげ)という刀鍛冶がつくった名刀だったと言う事です。
       おしまい







    日本の民話 第69話 牛に引かれて、善光寺参り



    (出典 tokuhain.arukikata.co.jp)


     むかしむかし、布引山(ぬのびきやま)という山のふもとのある村に、とてもケチなおばあさんが住んでいました。
     おばあさんは、いつも一人ぼっちでしたが、それをさびしいと思った事は一度もありません。
    (誰かと仲良くしたら、お茶やお菓子を出して、わしが損をする。それに家にあげれば、部屋が汚れる。だから、一人がいい)

     さて、今日は村の近くの善光寺(ぜんこうじ)というお寺で、お祭りがある日です。
     おばあさんが庭で白い布を干していると、お祭りへ行く村人たちが声をかけて来ました。
    「おばあさん、今日は善光寺へ行く日よ」
    「ねえ、みんなとお参りしましょう」
     でもおばあさんは返事もしないで、白い布を干し続けていました。
    「やれやれ、やっぱり駄目か」
     村人たちは誘うのをあきらめて、行ってしまいました。
     その後ろ姿を見ながら、おばあさんは言いました。
    「寺に行って金を使うなんて、もったいないねえ。それにわたしゃあ、神も仏も大嫌いさ。拝んだところで、腹一杯になるわけじゃなし、お布施(ふせ)を取られて大損だよ」
     するとその時、どこから来たのか、おばあさんの目の前に大きな牛が現れたのです。
    「うひゃーっ!」
     おばあさんがびっくりして声を上げると、その声に驚いた牛が、おばあさんの干していた白い布を角に引っかけて駆け出しました。
    「ああ、こら、待て!」
     おばあさんは、牛を追いかけます。
     牛は白い布を角に引っかけたまま、どんどん走って行きます。
     その早い事。
     菜の花畑を駆け抜けて、桜林を駆け抜けて、まるで風の様に走ります。
     そして牛は善光寺まで来ると、門をくぐって境内へ走り込みました。
     その後を、おばあさんも叫びながら走り込みました。
    「こらー! 牛ー! わたしの布を返せー!」
     ところが不思議な事に、牛の姿が突然消えてしまったのです。
    「ああ、わたしの布が・・・」
     がっかりしたおばあさんは、その場へ座り込みました。
     もう疲れ切って、へとへとです。
     するとどこからか、やさしい声が聞こえて来ました。
     それは、お経を唱える声です。
     その声は、おばあさんをやさしく包み込みました。
     それはまるで、春の光が体の奥からゆっくりと広がって行く様です。
    「おや、こんなにいい気持ちは初めてだ。心が暖かいよ」
     おばあさんは、目を閉じました。
     するとおばあさんの目から、涙がどんどんあふれました。
     その涙は、おばあさんの心をきれいにしていく様でした。
     やがてお経が終わる頃には涙も止まり、おばあさんの心はすっきりと晴れていました。
     おばあさんは、生まれて初めて手を合わせました。
    「きっと仏さまが、わしをここへ連れて来て下さったんじゃ」
     それからというもの、おばあさんは村人たちに優しくする様に努めました。
     出来る手伝いがあれば、自分から進んで手を貸しました。
     そうすればするほど心が暖かくなるのを、おばあさんは知ったのです。
     おばあさんは、もう一人ぼっちではありません。
     いつも村人たちに囲まれる、心優しいおばあさんになったのです。

     さて、その事があってから、布引山には白いすじが見られるようになりました。
     それはおばあさんの白い布を引っかけて走って行った牛が白い布を山に残して、それがそのまま白い岩になったのだと言われています。
       おしまい







    日本の民話 第68話  寝太郎物語



    (出典 www.mingeiza.com)


    日本昔話 三年寝太郎

    (出典 Youtube)


     むかしから、佐渡ヶ島(さどがしま)は金(きん)が取れる事で有名でしたが、それだけに金の監視は厳しく、佐渡ヶ島からはたとえひと握りの砂さえ持ち出す事は出来ませんでした。

     ある庄屋(しょうや)の息子に、寝太郎(ねたろう)と呼ばれる男がいました。
     この寝太郎は名前と同じ様に、毎日毎日寝てばかりいます。
     ところがある時、この寝太郎が突然起き上がって、父親の庄屋にこう言いました。
    「お父さん、千石船(せんごくぶね)を二そう作って下さい」
     父親は寝太郎をとても可愛いがっていたので、
    「よしよし、さっそく船大工を呼び寄せよう」
    と、千石船を作ってやりました。
     すると寝太郎は次に、
    「わらじを、千石船いっぱいに用意して下さい」
    と、言いました。
     父親は、それも言う通りに用意してやりました。
     すると寝太郎は次に、
    「千石船にわらじを積み込んで、船乗りを七、八人やとって下さい」
    と、言いました。
     父親がこれも願い通りにしてやると、寝太郎は喜んで船に乗り込み、行く先も告げずに出発してしまいました。
     こうして船がたどり着いた場所が、佐渡ヶ島だったのです。

     佐渡ヶ島の港に船を着けた寝太郎は、さっそく島の人々を呼び集めて言いました。
    「はき古しのわらじを、新しい物と取り替えましょう。
     もちろん、お代はいりません。
     ただで、取り替えます。
     そして、はき古しのわらじは、古ければ古いほどにありがたい」
     島のみんなは、ただでわらじを取り替えてくれるとあって、喜んで古いわらじを持って来ました。
     そしてはき古したわらじが、船いっぱいになると、
    「さあ、用事はすんだ。家へ帰ろう」
    と、島を後にしました。

     さて、はき古しのわらじを船いっぱいに積み込んで帰って来た寝太郎は、今度は大きな桶(おけ)を父親にねだりました。
     父親はさっそく、桶職人をやとって桶を作らせました。
     桶が出来上がると、寝太郎は桶に水を張って、船乗りたちにその中でわらじを洗わせました。
     この仕事は何日も何日も続けられて、やっと全部のわらじを洗い終わると、今度は桶の水を上の方からそっと汲み出させました。
     そうして水がだんだん減って来ると、桶の底に何か金色に光る物がありました。
     船乗りが手にすくってみると、それは金の砂、すなわち砂金だったのです。
    「金じゃ。金じゃ。金の砂じゃ」
     喜ぶ船乗りたちの声を聞いて、寝太郎はにっこりと笑いました。
     実は寝太郎、ひと握りの砂も持ち出す事を禁じられていた佐渡の土を、どうやって持ち出そうかと寝ながら考えていたのです。

     それから寝太郎はこの金の砂でもうけたお金で千町田という広い水田を作り、それを村人たちに分け与えました。
     村人たちはとても感謝して、寝太郎を寝太郎大明神(ねたろうだいみょうじん)としてまつる様になったそうです。
        おしまい







    日本の民話 第67話 お銀と小金物語



    (出典 i.ytimg.com)


    むかしむかし、金沢(かなざわ)に、お銀(おぎん)と小金(こきん)という仲の良い姉妹がいました。
     でも、その姉妹は腹違いの姉妹で、それぞれに産んでくれたお母さんが違います。
     姉のお銀の母親はお銀が小さい頃に死んでしまい、妹の小金の母親はお銀の父親と結婚してから小金を生んだのです。
     そして新しい母親は自分が産んだ小金ばかり可愛がって、血のつながっていないお銀には冷たくあたります。
     母親は、お銀が不幸になっても、小金さえ幸せなら良いと思っていました。

     ある日の事、お銀の父親が仕事で江戸(えど→東京都)に行く事になりました。
     母親は良いチャンスだと思い、お銀を山へ連れて行って殺してやろうと思ったのです。
     そうとは知らない、お銀と小金は、
    「わあ、きれいなお花だこと」
    「こっちにも、きれいなお花が」
    と、言いながら母親に連れられるまま、どんどんどんどんと山奥へ入って行きました。
     そして母親はお銀に気づかれない様に、小金だけを連れて家へ帰ってしまいました。
     お銀がふと気がつくと、小金も母親も見当たりません。
     悲しくなったお銀は、
    「かあさま! 小金ちゃん!」
    と、泣きながら、帰り道を探しました。
     そしてその日の夜遅く、お銀は泥だらけになりながらも家に帰って来ました。
     心配していた小金は、涙を流して喜び、
    「よかったわ、よかったわ」
    と、言いながら心の中で、
    (ごめんね、お銀ちゃん。かあさまを許してやってね)
    と、謝るのでした。
     ところが母親は、くやしそうな顔で、
    「道に迷うなんて、馬鹿な子だよ」
    と、言うと、また次の方法を考えていました。

     それから数日後のある日、母親はまたお銀を殺そうと、下男(げなん)に犀川(さいがわ)の岸辺に大きな穴を掘らせました。
     そして、嫌がるお銀を無理矢理引っ張って行って、その穴の中に突き落したのです。
    「さあ、今度こそ、お前も終わりだよ!」
     母親はそう言うと、そのまま帰ってしまいました。
     すると、この様子を見ていた小金は、その穴に近づいて、
    「お銀ちゃん! 大丈夫!」
    と、呼びかけました。
     すると穴の中から、
    「小金ちゃん助けて! 水が入ってくるの。どんどん深くなってくるの」
    と、お銀の声がします。
     でも、子どもの小金には、どうする事も出来ません。
     やがて、お銀の声は全く聞こえなくなってしまいました。
    「お銀ちゃん! お銀ちゃん! かあさまを許してあげてね。その代わりにわたしも、お銀ちゃんのそばへ行くから」
     小金はそう言うと、自分も深い穴の中に飛び込んでしまいました。

     今でも法年寺(ほうねんじ)には、この二人のお墓があるそうです。
       おしまい







    日本の民話 第66話 ネコの置物を売る店



    (出典 ic4-a.wowma.net)


     むかしむかし、江戸(えど→東京都)の浅草(あさくさ)に、貧乏な野菜売りの男がいました。
     男はおかみさんと年老いた父親を、とても大切にしていました。
     ところが父親が病気になって、ついに寝たきりになってしまったのです。

     男はおかみさんと交代で父親の看病(かんびょう)にあたり、父親の具合が良い時だけ野菜売りに出かけました。
     その為に男の家はますます貧乏になり、その日の食べる米も買えなくなったのです。
     もちろん、お金がないので、父親を医者に診せる事も薬を買う事も出来ません。
    「本当に、どうしようかね」
     深いため息をつくおかみさんに、男は頭を下げて謝りました。
    「そのうちに何とかするから、もう少し辛抱してくれ。親父の事が心配で、仕事もおちおちやっていられないのだ」
     そして男は、家で買っているネコを抱き上げて言いました。
    「お前も知っての通り、今の家にはお前に食べさせる物はない。長い間一緒に暮らしてきたお前と別れるのはつらいが、これからどうするかは、お前の好きな様にしてくれ」
     それを聞いていたおかみさんは、あきれ顔で、
    「ネコにそんな事を言ったって、言葉が分かる訳ないじゃないの。可愛そうだけど、そのうちにわたしがどこかへ捨てて来るよ」
    と、言ったのですが、ネコは次の日から姿を消してしまいました。

     それから二、三日たったある日、寝たきりの父親が言いました。
    「なあ、この頃、家のネコは、昼間どこへ行っているのだ?」
     それを聞いた男は、少し悲しそうに言いました。
    「実は、二、三日前に家を出たまま、帰ってこないんだ。エサをやる事も出来ないので、きっと愛想つかれたのだろう」
     すると父親が、不思議そうに言いました。
    「いいや、そんな事はないぞ。
     ネコは毎晩、わしの所で眠っておる。
     わしが腰が痛いと思うと、腰に登ってくれ、肩が痛いと思うと、肩に登ってくれるんだ。
     ありがたい事に、ネコが登ると痛みがやわらいで、とてもよく眠れるのだ。
     こう言っては悪いが、お前たちがさすってくれるより気持ちがいいくらいだ。
     それなのに昼間は家にいないとすると、どこでどうやって食べているのやら」
     それを聞いて男とおかみさんは、ネコに悪い事を言ったと後悔(こうかい)しました。
    「まさか、ネコに人の言葉が分かるとは思わなかった」
    「本当にね」
    「そうだ、今夜親父のところへ来たら、ずっと家にいてくれる様に頼んでもらおう」
    「そうよ。いくら貧乏でも、ネコの食べ物ぐらい何とか都合出来るわよ」
     ところがネコはいつ来ていつ帰って行くのか、父親も知りませんでした。
     何しろ、ネコが痛いところに登ってくれると、父親は良い気持ちになって、すぐに眠り込んでしまうからです。
     さて、ネコのおかげなのか、父親の具合がだんだん良くなっていきました。
     そんなある日の事、男の家に金持ちらしい商人が現れて、こう言うのです。
    「あなたの家にネコがいますか? いたら、ぜひゆずって下さい」
     それを聞いた男は、きっぱりと断りました。
    「確かに、ネコを一匹飼っていますが、ネコは夜しか戻って来ないので、どこにいるのか分かりません。
     それにそのネコは、親父の病気を治してくれる大切なネコなので、いくら金をつまれてもゆずるわけにはいきません」
     すると商人は、笑いながら首を振りました。
    「いやいや、ゆずって欲しいのは、生きたネコの事ではありません。ネコの置き物の事です」
    「置物の?」
     そう言えば、この家には知り合いの人が面白半分に土で作った、ネコの置き物があります。
     男は棚の上でほこりをかぶっている置き物を出して来て、商人に見せました。
    「家にある置物のネコと言えば、これの事ですか?」
    「ああ、確かにこれです。どうか是非、これをゆずって下さい」
    「それは構いませんが、しかしまた、どうしてこんな物を?」
     男が尋ねると、商人はニコニコしながら訳を話しました。
    「実はゆうべ、面白い夢を見ましてね。
     どこかのネコが夢の中に現れて、
    『浅草の野菜売りの家にネコの置き物があるから、それをゆずってもらいなさい。そうすればますます商売が繁盛する』
    と、言うのです」
    「なるほど。そう言う事ですか」
    「はい、大切な物と思いますが、商人は縁起を担ぐものです。どうかその置物を、これで」
     そう言って商人は、小判を何枚も取り出しました。
     それだけあれば、当分の間は生活に困りません。
    「わかりました。おゆずりしましょう」
     男がネコの置き物を渡すと、商人は喜んで帰って行きました。

    「それにしても、不思議な事もあるものだ。ただの置物が高値で売れるなんて、こんな幸運は二度とないぞ」
     ですが次の日、商人と同じ夢を見たという客がやってきたのです。
     しかし家には、もうネコの置き物はありません。
     客ががっかりして帰った後、三人は話し合いました。
    「あんな客がまた来たら、どうしよう?」
    「でも、家にあったネコの置物は、あの一つきりだからな」
    「そうですね。もっと置物があったら良かったのに」
     するとそこへ近所の親しい人がやって来て、こう言いました。
    「それなら、今戸焼き(いまどやき)のネコを買って来て、家に置いておけばどうだ」
     今戸(いまど→東京都台東区の北東部で隅田川に面する地名)というところは焼き物が盛んで、主にネコやカッパの置き物をつくっていました。
     さっそく男は商人からもらった金で、ネコの置き物を二十個ほど仕入れました。
     すると次々に夢を見たと言う客がやって来て、ネコの置き物が面白い様に売れるのです。
     やがて男の家は、ネコの置物のおかげで金持ちになりました。
     それとうれしい事に父親の病気はどんどん良くなり、どこかへ家出していたネコも戻ってきたのです。
     それから男は野菜売りをやめて、浅草の観音さまの境内(けいだい)に店を構えると、ネコの置き物を専門に売る事にしました。
     男は小さな置き物から大きな置き物まで、たくさんのネコの置物を仕入れて、それに座布団(ざぶとん)をつけて売ったのです。
     それから半年後、家を助けたネコの話が江戸中に広がり、浅草へ来た人はみんなこの店の置き物を買うようになったのです。

     それから、あの生きた方のネコは一日中店の奥にいて、のんびりと座布団の上に座っていましたが、次の年、ネコは眠る様にして死んだという事です。
      おしまい






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