妖怪・怪談


    日本の民話 第301話 ネコの踊り場



    (出典 asobii.net)


     むかしむかし、相模の国(さがみのくに→神奈川県)の戸塚(とつか)に、水本屋(みずもとや)という、しょうゆ屋がありました。
     主人とおかみさんには美しい娘がいて、メスの黒ネコを飼っています。
     何代も続いたお店で、番頭(ばんとう)のほかに小僧が一人いました。
     しょうゆ屋は仕事がらどうしても手が汚れやすいのですが、だからといって汚れた手ぬぐいで手をふいていたのでは見た目が悪いので、きれい好きな主人は口ぐせのように、
    「腰に下げる手ぬぐいは、毎日洗うように」
    と、みんなに言いきかせていました。
     そのため店が終わると、それぞれが自分の手ぬぐいを洗って二階の物干しの手すりに干すのでした。

     ある朝の事、手ぬぐいを取り入れようとしたら、娘の手ぬぐいがなくなっていました。
     きちんと止めてあったので、風に飛ばされるはずはありません。
     泥棒の仕業かとも疑ってみましたが、まさか手ぬぐい一本だけを盗んでいくドロボウはいません。
    (どうして、わたしの手ぬぐいだけが、なくなったのかしら?)
     不思議に思いながらも、娘は新しい手ぬぐいを出してきました。
     そして次の日の朝、今度は主人の手ぬぐいがなくなっていたのです。
    (まさか、小僧のイタズラではあるまいな)
     主人はすぐに小僧を呼んで、聞いてみましたが、
    「違います。手ぬぐいなんか、とるはずがありません」
    と、言うのです。
     その次の日の朝は、おかみさんの手ぬぐいがなくなっていました。
     たかが手ぬぐいといっても、三日続けてなくなるというのは、ただ事ではありません。
    「お前、本当に知らないのかい?」
     おかみさんが小僧にたずねると、小僧が顔を真っ赤にして怒り出しました。
    「どうして、わたしに聞くのです? そんなにお疑いなら、わたしの荷物を調べてください!」
    「いや、すまない。考えてみれば、家の者で手ぬぐいをとるやつなんているはずがない」
     主人はあわてて、小僧をなだめました。
    「それに手ぬぐいぐらい、何本盗られたって、かまやしないのだから」
     主人はそう言いながらも、手ぬぐいの事が気になって商売に身が入りませんでした。
     番頭も手ぬぐいがなくなるたびに疑われる小僧の事を思うと、同じ店で働く者として面白くありません。
     そして小僧などは、店で働く気がしなくなってきました。
     だからといって店をやめるわけにもいかず、このうえは自分で手ぬぐい泥棒を捕まえるしかないと思いました。
     そこでその夜、小僧は雨戸(あまど)を少しだけ開けて、寝ずの番をする事にしました。
     物干しの手すりには、五本の手ぬぐいがきちんと並んで干してあります。
    「見ていろ! 必ず手ぬぐい泥棒を捕まえてやる」
     小僧はねむたいのをがまんして、ジッと物干しを見上げていました。
     それでも昼間の仕事の疲れで、ついウトウトしかけたその時、一本の手ぬぐいがフワリと庭にまいおりたのです。
    「おやっ?」
     手ぬぐいはまるで、地面をはうようにして表の方へ飛んでいきます。
    「待てえ!」
     小僧は外へ飛び出すと、飛んでいく手ぬぐいを追いかけました。
     でも手ぬぐいは、そのまま暗やみの中に消えてしまいました。
     騒ぎを聞きつけて、番頭やおかみさんが起きてきました。
     小僧は今の出来事を、見たままに話しました。
    「手ぬぐいが一人で動くなんて、そんなバカな。お前、夢でも見ていたんだろ?」
     おかみさんが言うと、番頭が物干しを指さしました。
    「しかし手ぬぐいは、たしかに一本なくなっていますよ」
    「あら本当。ああ、気味が悪いねえ。もういいから、しっかり戸締まりをして寝なさい」
     おかみさんはそう言うと、自分の部屋に戻って行きました。

     あくる日、主人は隣町の知り合いで酒をごちそうになり、遅くなってから家へ戻ってきました。
     月夜の道をいい気分で歩いていると、村はずれの小高い林の所で誰かの話し声が聞こえてきました。
    (はて、こんな夜中に、誰が話しているのだろう?)
     不思議に思って話し声のする方へ近づいてみると、何と十数匹のネコが林の中の空き地に丸くなって座っているではありませんか。
     そしてもっと驚いた事に、その中の三匹が手ぬぐいをあねさんかぶり(→女の人の手ぬぐいのかぶり方)にかぶっているのです。
    (あっ、あの手ぬぐいは!)
     主人は、もう少しで声を出すところでした。
     一つは自分の手ぬぐいで、あとは、かみさんと娘の手ぬぐいなのです。
    (さては、ネコの仕業であったか)
     主人はネコに気づかれないよう、さらに草むらに隠れて息を殺しました。
    「お師匠(ししょう)さん、遅いね」
     一匹のネコが、言いました。
    「早く来ないかな。今夜こそ上手に踊(おど)って、わたしもお師匠さんから手ぬぐいをもらわなくちゃ」
     もう一匹のネコが、言いました。
    (へえ、踊りを習おうというのかい。これはおもしろい)
     主人は、お師匠さんというのが現れるのを待ちました。
     しばらくすると、頭に手ぬぐいをのせた黒ネコが、
    「ごめん、ごめん、おそくなって」
    と、言いながらやってきたのです。
    (あのネコは、家のネコじゃないか!)
     主人は、目を丸くしました。
    「それじゃ、さっそく始めようか。さて、今日はだれに手ぬぐいをあげようかな」
    「わたし」
    「いえ、わたし」
    「わたしよ、わたし。絶対に、わたし」
     ネコたちが、いっせいに手をあげました。
    「だめだめ、一番上手に踊った者でなくちゃ」
     見ていた主人は、なんだかワクワクしてきました。
    (こいつは驚いたな。うちのネコがネコたちの踊りのお師匠だなんて。それにしてもあいつ、いつ踊りを覚えたのだろう。・・・そういえば娘が踊りを習っている時、ジッと動かずに見ていたっけ)
    「まずは、昨日のおさらいからね。はい、♪トトン、テンテン、トテ、トテ、トテトントン」
     口で三味線の真似をしながら黒ネコが踊ると、ほかのネコたちもいっせいに踊りはじめました。
    「はい、そこで腰を回して、手を前に出して、それっ、♪トトン、テンテン、トテ、トテ、シャン、シャン」
    (なるほど、お師匠というだけあって、家のネコも大したものだ)
     主人はこっそり草むらをはなれると、ネコに気づかれないように家に戻っていきました。

     朝になると、主人は上機嫌(じょうきげん)でみんなに言いました。
    「手ぬぐいの事なら、もう気にしなくてもいいよ」
    「いいえ、今夜こそ、必ず手ぬぐい泥棒をつかまえてみせます!」
    「もういいんだよ。お前、寝ずの番をしていたそうだが、もうその必要はないよ」
    「と、言うと、だんなさまは手ぬぐい泥棒をご存じで?」
     番頭が尋ねると、主人はニヤリと笑って言いました。
    「今夜になれば、すべてわかるよ」

     その日の夜、主人がみんなに言いました。
    「さあ、これからみんなで出かけるよ」
    「今頃? いったい、どこへ行くのですか?」
     番頭も小僧も、首をかしげました。
    「いいから、だまってわしについておいで」
     主人は店の戸締まりをさせると、おかみさんと娘、それに番頭と小僧を連れて家を出ました。

     村はずれの小高い林の前に来ると、主人はみんなを草むらの中に隠れさせます。
    「いいかい、どんなことがあっても、決して声を出すんじゃないよ」
     いつの間にか、満月(まんげつ)が頭の上にのぼっていました。
    と、その時、あちこちからネコが集まって来ました。
     なんとその中の四匹は、頭に手ぬぐいをかぶっているではありませんか。
    (あの手ぬぐいは!)
     みんなおどろいたように、顔を見あわせました。
     そこへ、頭に手ぬぐいをかぶった黒ネコが現れたのです。
     それは間違いなく、店で飼っているネコでした。
    (なんだ、手ぬぐいドロボウは、店のネコだったのか)
     みんなはホッとするやら、あきれるやら。
     それでもこれから何が始まるのかと、かたずをのんで見守っていました。
     すると、黒ネコが言いました。
    「今夜は満月、みんなで心ゆくまで踊りましょう」
    「はい、お師匠さま」
     ネコたちは、いっせいに黒ネコをかこんで輪(わ)になりました。
    ♪ネコじゃ、ネコじゃと
    ♪おっしゃいますが
    ♪あ、それそれ
     黒ネコの踊りに合わせて、ネコたちはそろって踊りはじめました。
     両手を前に出したり、腰を振ったりと、なんともゆかいな踊りです。
    「どうだい。これで手ぬぐいのなくなったわけが、わかっただろう」
     主人が小さな声で言うと、みんなニコニコしてうなずき、いつまでもネコたちの踊りを見ていました。

     さて、誰がこの事をしゃべったのか、ネコの踊りの話はたちまち町のうわさになり、こっそり見物にくる人がふえるようになりました。
     するとネコたちもそれに気がつき、いつの間にか踊るのをやめてしまったのです。
     水本屋(みずもとや)の黒ネコは、その後も手ぬぐいを持ってどこかへ出かけていきましたが、そのうちに戻って来なくなりました。
     主人はネコ好きの人たちと相談して、ネコの踊っていたところに供養碑(くようひ)をたてました。
     今ではその供養碑(くようひ)はなくなってしまいましたが、ネコの踊りの話は長く語りつがれて、今もそこを『踊り場』と呼んでいるそうです。
        おしまい







    日本の民話 第300話 七夕さんの始まり



    (出典 www.hibiyakadan.com)


     むかしむかし、あるところに、ほうろく売りがいました。
     ほうろくというのは、土で作ったフライパンの様な物です。

     ある年の七月、ほうろく売りが山道を通りかかると、娘たちが湖で水浴びをしていました。
     ふと見ると、目の前に美しい着物が置いてあります。
    (ああっ、何てきれいな着物なんだろう)
     ほうろく売りはその着物が欲しくなり、その中の一枚を素早くカゴに入れて、何くわぬ顔で通り過ぎて行きました。
     ところがタ方、仕事を終えたほうろく売りがそこへ戻って来ると、一人の美しい娘がシクシクと泣いているのです。
    (ははーん。さては、わしに着物をとられた娘だな)
     ほうろく売りはそのまま通り過ぎようとしましたが、娘の着物を盗んだという罪の意識もあったので、娘に自分の着物を着せてやると家に連れて帰りました。

     さてこの娘、見れば見るほど美人です。
     ほうろく売りはこの娘が好きになり、自分のお嫁さんにしました。
     やがて子どもが生まれて、親子三人は仲良く暮らしていました。

     ある日の事です。
     ほうろく売りが仕事に出かけた後、お嫁さんが子どもを寝かせながら、ふと天井を見てみると、何やらあぶら紙(→物を保存するための和紙)に包んだ物があります。
    (あら、何の包みかしら?)
     お嫁さんが包みを開いてみると、中には盗まれた着物が入っていました。
    「あっ! これはわたしの着物! きっと、あの人が盗んだに違いないわ。ゆるさない!」
     お嫁さんはその着物をすばやく着ると、子どもをかかえて空へ登ろうとしました。
     そこへ、ほうろく売りが帰って来たのです。
     一目で全てをさとったほうろく売りは、お嫁さんに手をついてあやまりました。
    「ま、待ってくれ! わたしが悪かった。だから待ってくれ!」
    「いいえ! わたしは天の国へ戻ります! あなたに着物をとられて仕方なくお嫁さんになりましたが、わたしは元々、天女(てんにょ)です」
    「すまない! あやまる! 今までに何度も返そうと思ったが、お前がどこかへ行ってしまうのではないかと心配で、返すに返せなかったんだ」
    「言い訳は聞きません。さようなら」
    「たのむ! 何でもする。どんなつぐないでもする。だから、わたしをおいていかないでくれ!」
     必死にあやまる男の姿に、心をうたれたお嫁さんは、
    「・・・では、もし本当にわたしが大切なら、本当にわたしに会いたいのなら、わらじを千足つくって天に登って来なさい。そうすれば親子三人、今まで通り暮らす事が出来るでしょう」
    と、言うと、お嫁さんは子どもとともに、天高く登っていってしまいました。
    「わらじを千足だな。よし、つくってやる!」
     ほうろく売りはお嫁さんに会いたい一心で、毎日毎日、朝から晩までごはんも食べずにわらじをつくりました。
     何日もかかって、やっと九百九十九足のわらじが出来ました。
    (よし、あと一足だ。あと一足で、あいつと子どもに会えるんだ)
     そう思うと、ほうろく売りはがまん出来なくなり、一足たりないまま外へ飛び出すと天に向かって、
    「おーい、はやく迎えに来てくれー!」
    と、叫びました。
     すると天から、ひとかたまりの雲がおりてきました。
     ほうろく売りがその雲に乗ると、雲は上へ上へと登って行きました。
     ところがわらじが一足たりないため、あと少しの所で天の国へ着くというのに、それっきり雲が動かなくなりました。
    「あっ、あなた、本当に来てくれたのね」
     天女は一生懸命に手を振っているほうろく売りを見つけると、はたおりの棒を下へのばしました。
     ほうろく売りはその棒につかまり、何とか雲の上に出ることが出来たのです。

     さて、天女の家にはおじいさんとおばあさんがいて、赤ちゃんのおもりをしています。
    「この人が、この子のお父さんです」
     天女はほうろく売りを、二人の前に連れて行きました。
     でも二人は怖い顔で、ほうろく売りをにらみました。
     何とかして、ほうろく売りを追い返そうと考えていたのです。
     そこでほうろく売りにザルを渡して、それで水をくんで来るように言いました。
     穴のたくさん開いたザルでは、水をくんで来る事が出来ません。
     ほうろく売りが困っていると、お嫁さんはザルにあぶら紙をしいてくれました。
     ほうろく売りはそれに水をくんで、二人のところへ持って行きました。
    「うむ、人間にしてはなかなか知恵がある。ほうびに、このウリをやろう。横に切って食べろ」
     そう言って、おじいさんはほうろく売りに大きなウリをくれました。
     天の国では、ウリを縦に切って食べます。
     もし横に切ったら、水がどんどん出て来て止まらなくなるのです。
     そんな事とは知らないほうろく売りが、ウリを横に切ったから大変です。
     切り口から水が吹き出して止まらなくなり、ほうろく売りは天の川に流されて、どんどん遠くへ行ってしまいました。
     それを見て、お嫁さんが叫びました。
    「あなたーっ、父母を説得して、月に一度、水の流れを止めてもらいます。毎月の七日に会いに来てください」
     ところがほうろく売りは、水の流れの音のために聞き違えて、
    「よし、わかった。毎年の七月七日だな」
    と、言って、そのまま流されてしまいました。

     こうして二人は、年に一回、七月七日の七夕にしか会えなくなったという事です。
       おしまい








    日本の民話 第299話 七月七日のカッパ



    (出典 sasatto.jp)


    むかしむかし、仕事で旅に出ていた男が、もうすぐ奥さんに子どもが生まれると言うので、急いで家に帰ろうとしていました。
     そして、あと山を一つ越えれば自分の村というところで、日が暮れてしまったのです。
    「しまったな。こんなところで足止めとは」
     仕方なく男は、道のわきにあるお堂に泊まる事にしました。

     さて、その真夜中の事、
     パッカ、パッカ、パッカ・・・。
    と、遠くからやって来る馬のひづめの音に、男は目を覚ましました。
    (誰じゃ、こんな時間に)
     それがお堂の前で止まったかと思うと、こんな話し声が聞こえて来たのです。
    「おい、どうした? はやくしないと、もうすぐ村のお産だよ」
    「それがな、今夜はお客が来てるから、行けねえんだ」
    「そうか。なら、一人で行って来るわ」
     誘いに来た声はそう言うと、
     パッカ、パッカ、パッカ・・・。
    と、馬のひづめの音とともに、遠ざかって行きました。
     このやりとりを聞いて、男は思いました。
    (これは、どこかの村で子どもが生まれるので、よそのお堂の神さまがこのお堂の神さまを呼びに来たんだな。
     すると、お客が来てるというのは、おらの事か。
     もしかすると子が生まれるというのは、おらの家かもしれんぞ)

     やがて空が白みはじめた頃、また馬のひづめの音がやって来ました。
    「いま、帰って来た。お産は、無事に終わったぞ」
    「それは、ごくろうさん。で、お産はどこの家じゃ?」
    「ああ、この山を越えた手ところの・・・」
    と、声が説明したのは、やはり男の村でした。
    (やっぱり、おらの子じゃ)
     男はドキドキしながら、耳をすましました。
    「で、どっちが生まれたんじゃ?」
    「男の子じゃ」
     それを聞いた男は、大喜びです。
    (男の子! 妻よ、でかした! よくぞ、男の子を産んでくれた!)
    「それで、寿命はどうじゃ?」
    (なに、寿命じゃと?)
    「ああっ、七つの年、七月七日に、カッパに命を取られるまでじゃ」
    「わかった。七ならびのカッパじゃな」
     話を聞いた男はお堂を飛び出すと、わき目もふらずに山を越えて家にたどり着きました。
     するとやはり、男の子が生まれていたのです。
    「あのお堂の話は、本当だった。するとこの子は、七つの年の七月七日にカッパに命を・・・」
     その日から男は、子どもが七歳になってもカッパに命を取られない様にと、毎日、水の神さまにお願いをしました。

     やがて男の子が七つの年になった七月六日の晩、男の夢枕に白髪のおじいさんが現れてこう言ったのです。
    「明日の七月七日、お前の息子は川へ遊びに行くだろう。
     だが、それを止めてはならん。
     たとえ止めても、他の場所で命を落とすだけだ。
     それより餅をついて、子どもに持たせてやれ。
     その餅をカッパにやれば、お前の息子を襲う事はないかもしれん」
     それを聞いた男は、さっそくたくさんの餅をついて、息子と近所の子どもたちに渡しました。
     そして餅を川へ流して、カッパと水の神さまに差し上げる様にと頼んだのです。

     まもなく子どもは、何事もなかったように笑顔で帰ってきました。
     そして、男に言いました。
    「父ちゃんに言われた様に、あの餅を川に流したよ。
     そして、おいらが川で水浴びをしていたら、白髪のじいさまが来て、
    『これは、餅の礼だ』
    と、言って、この木の札を父ちゃんに渡せって」
     子どもはそう言って、男に木の札を差し出しました。
     男がその木の札を見てみると、そこにはこう書かれてありました。
    《餅のおかげで、カッパとは話がついた。よって寿命を、七十二までのばす》
     七十二歳と言えば、当時ではとても長生きです。

     それから男の息子は、本当に七十二歳まで元気に生きたという事です。
       おしまい







    日本の民話 第298話 なごのわたり



    (出典 i.ytimg.com)


     むかしむかし、なごという浜辺では、たくさんの漁師たちが住んでいました。
     ですが近頃はどの漁師も魚が少ししか取れず、とても困っていました。

     ある日の夕方、沈む夕陽が黄金色に輝く浜辺を、一人の女の子が歩いていました。
     このあたりでは見かけない女の子なので、親切な漁師が声をかけました。
    「娘さん、どこから来たのだ?」
    「・・・・・・」
    「名前は?」
    「・・・・・・」
    「親は、どこ行った?」
    「・・・・・・」
     女の子は何を聞いても、くりくりとした丸い大きな瞳で見つめるだけです。
     漁師は、何かわけがあるのだろうと思い、
    「とにかく、今夜は家に泊まるといい。夜の浜辺は冷えるからな」
    と、女の子を家に連れて帰りました。
     おかみさんもやさしい人で、女の子に温かいご飯を食べさせて、自分のふとんに寝かせてあげました。

     次の日、漁師が舟に乗って海に出ると、不思議な事に魚がどんどん集まって来て、舟が沈みそうなほどの大漁となりました。
     こんな大漁は、何年ぶりでしょう。
     でも他の漁師たちは、いつもの様にほとんど魚が捕れませんでした。
    「なんで、お前のところばかり魚がくるんだ?」
     不思議がる仲間に、漁師が言いました。
    「さあな。・・・ただ思い当たる事といったら、浜辺で見つけた女の子を家に泊めた事かな」
     すると仲間の漁師たちは、
    「そんなら、家にも泊まってくれ」
    「家もだ!」
    と、順番に女の子を家へ泊める事にしたのです。

     女の子はどこの家へ行っても相変わらず無口で、何一つ話そうとはしません。
     けれど女の子が泊まった翌日には、きまってその家の舟は大漁になるのです。
     女の子は漁師たちにとても大切にされて、『竜宮さま』と呼ばれるようになりました。
    「女の子が来てくれたおかげで、村が豊かになった」
    「女の子がいてくださるから、もう安心じゃ」
    「竜宮さま。どうかずっと、この村にいてくだされよ」
     村人たちはそう言って、女の子に手を合わすのでした。

     さて、女の子のおかげで村はすっかり豊かになったのですが、ただ一人、おもしろく思っていない漁師がいました。
     この漁師はろくに漁にも出ないで、毎日酒ばかり飲んでいます。
     そして酒を飲むと必ずけんかをするので、仲間の漁師たちにとても嫌われていました。

     あるとき、酔っぱらった酒飲み漁師は浜辺を歩いていた女の子を捕まえると、こう言いました。
    「おい、お前が本物の竜宮さまなら、海の上を歩いてみな」
     すると女の子はにっこり笑って、海の方へ歩いて行きました。
     そして水に沈む事なく、ゆっくりゆっくり海の上を進んで行ったのです。
     遠くで魚を捕っていた漁師たちは、波の上を渡っていく女の子を見て驚きました。
    「竜宮さまー、どこにも行かねえでくだせえ。この村に、いつまでもいてくだせえ」
     すると女の子はやさしくほほ笑んで、首を横にふりました。
     そして、初めてしゃべったのです。
    「いいえ、私はもう帰ります。村の皆さんには、大変お世話になりました。このご恩は、決して忘れません」
     その声は届くはずのない沖の舟にいる漁師の耳にも、はっきりと聞こえました。
     そして女の子は静かに海を歩いて行き、やがて姿を消してしまいました。

     それから女の子は、二度と姿を現しませんでした。
     けれど、なごの浜辺では、それからも大漁が続いたということです。
       おしまい







    日本の民話 第297話  佐々木小次郎のツバメ返し



    (出典 gen-fu.com)


    日本には数多くの剣豪(けんごう)とよばれる剣術の達人がいますが、宮本武蔵と並んで人気の一位を争うのが、「ツバメ返し」で有名な佐々木小次郎です。
     これは、その佐々木小次郎のお話しです。

     今から四百年もむかし、越前の国(えちぜんのくに→福井県)の一乗谷(いちじょうだに)に城をかまえる、朝倉義景(あさくらよしかげ)という殿さまの家臣に、富田勢源(とみたせいげん)という、飛び抜けた剣術を持つ侍がいました。
     勢源(せいげん)は、『中条流(なかじょうりゅう)』という剣法をあみ出して、その強さは北陸中(ほくりくじゅう)に知れ渡っていました。
     その勢源が最も得意としていたのは、『小太刀(こだち)』という短い剣を使う剣法です。
     ある日の事、勢源の元に、小次郎(こじろう)と名乗る子どもが弟子入りにやってきました。
    「強くなりたいです。弟子にしてください」
     一見すると小次郎はひ弱そうな子どもだったので、勢源は弟子入りを断りました。
     ですが、
    「お願いです。強くなりたいのです。弟子にしてください」
    と、断っても断っても弟子入りをお願いするので、ついに根負けした勢源は、小次郎を道場の小間使いとして使うことにしました。
     小間使いとして働くようになった小次郎は、少しでも時間を見つけると、とても熱心に修業をして、十六才になる頃には道場一の剣術使いになっていたのです。
     それからは名も佐々木小次郎と改め、勢源がいない時は、勢源の代わりとして道場を任されるようにもなりました。
     こうして願い通りに強くなった小次郎ですが、師匠の勢源には、まだまだ勝つ事が出来ません。
    「一体どうすれば、師匠を抜く事が出来るのだ?」
     悩んだ小次郎は、ふと、洗濯物を干す物干し竿を見て思いつきました。
    「師匠には小太刀を教えてもらったが、同じ小太刀では師匠に一日の長があるため、抜く事は出来ない。しかし、刀を長くすれば」
     こうして小次郎は小太刀を捨てて、長い刀を持つようになったのですが、簡単に使いこなせる物ではありません。
     師匠の勢源からも、
    「剣でもっとも重要な物は早さだ。その様に長い刀では、早く振る事は出来まい」
    と、言われましたが、小次郎はあきらめません。
     毎日毎日、長い刀で練習を重ね、ついには腰に差せないほどの長い刀を使いこなせるようになったのです。
     ですが、まだ師匠には勝てません。
     ある時、小次郎は近くの一乗滝(いちじょうだき)で流れる水を見ていました。
     するとそこへツバメが飛んできて、空を切って一回転すると空へと舞い上がりました。
    「飛んでいるツバメは、どんな剣の達人でも斬る事が出来ないと言うが、もしツバメを斬る事が出来れば、わたしは師匠を抜く事が出来るかもしれん」
     こうして小次郎は、毎日滝へ出かけては、ツバメにいどみ続け、ついにツバメを斬りおとすと技をあみ出したのです。
     そして、その技で師匠に勝つ事が出来た小次郎は、長い剣を使う剣法を『厳流(がんりゅう)』、ツバメを斬りおとした奥義(おうぎ)を『ツバメ返し』と名付け、さらに剣術を磨く為に、諸国へ武者修業に出かけたのです。

      これは、宮本武蔵と戦う数年前の事です。
       おしまい






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