妖怪・怪談


    日本の怖い話 第285話 大工と大入道


    むかしむかし、腕の良い大工(だいく)が一日の仕事を終えて、道具箱を肩にかついで夕暮れの山道を帰って行きました。
    「すっかり、遅くなってしまった」
     辺りはもう、だいぶ暗くなっています。
     大工が急いで歩いていると、急に生暖かい風が吹いてきました。
     そして大工を通せんぼする様に、赤い服を着た大入道(おおにゅうどう)が、ヌーーーッと現れたのです。
    「で、でたあーー!」
     大工は逃げ出そうと思いましたが、すぐに足を止めて大入道の方を向きました。
    「待て待て、人に話す時、どのくらい大きな大入道だったか言える様に、寸法をはかっておかなければ」
     さすがは大工、大きな物を見ると寸法をはかりたくなるようで、大工はさっそく道具箱から寸法をはかるさしがねを取り出しました。
     そしてさしがねを持って近づく大工に、大入道の方が驚いて後ずさりをしました。
    「こら、動くな大入道。すぐにはかってやるから、じっとしていろ」
     すると大入道は、
    「おれは、はかられたくねえ!」
    と、言って、煙の様に消えてしまいました。
      おしまい







    日本の怖い話 第284話 置いてけ掘り


    むかしむかし、あるところに、大きな池がありました。
     水草がしげっていて、コイやフナがたくさんいます。
     でも、どういうわけか、その池で釣りをする人は一人もいません。
     それと言うのも、ある時、ここでたくさんフナを釣った親子がいたのですが、重たいビク(→さかなを入れるカゴ)を持って帰ろうとすると、突然、池にガバガバガバと波が立って、
    「置いとけえー!」
    と、世にも恐ろしい声がわいて出たのです。
    「置いとけえー!」
     驚いた親子は、さおもビクも放り出して逃げ帰り、長い間、寝込んでしまったのです。
     それからと言うもの、恐ろしくて誰も釣りには行かないというのです。

    「ウハハハハハッ。みんな、意気地がないのう」
     うわさを聞いた、三ざえもんという人がやってきました。
    「よし、わしが行って釣ってくる。いくら『置いとけえー』と言われても、きっと魚を持って帰って来るからな。みんな、見とれよ」
     三ざえもんは大いばりで池にやって来ると、釣りを始めました。
     初めのうちは、一匹も釣れませんでしたが、
    ♪ゴーン、ゴーン。
     夕暮れの鐘が鳴ると、とたんに釣れて、釣れて釣れて、ビクはたちまち魚でいっぱいです。
    「さあて、帰るとするか。魚はみんな、持って帰るぞ」
     すると池に波が、ガバガバガバ。
    「置いとけえー!」
     世にも恐ろしい声が、聞こえました。
    「ふん、誰が置いていくものか」
     三ざえもんは平気な顔で言うと、肩をゆすって歩き出しました。
     ところがしばらくすると、後ろから誰かついてくるのです。
     見ると、それはきれいな女の人です。
     女の人は、三ざえもんに追いつくと言いました。
    「もし、その魚、わたしに売ってくれませんか?」
    「気の毒だが、これは駄目だ。持って帰る」
    「そこを、何とか」
    「駄目と言ったら、駄目だ!」
    「どうしても?」
    「ああ、どうしてもだ!」
    「こうしても?」
     姉さまはかぶっていた着物を、バッと脱ぎ捨てて言いました。
    「置いとけえー!」
     女の人の顔を見た三ざえもんは、ビックリです。
     何と女の人の顔は、目も鼻も口もない、のっペらぼうだったのです。
     しかし、さすがは豪傑(ごうけつ)の三ざえもんです。
    「えい、のっぺらぼうが何じゃい! 魚は置いとかんぞ!」
      そう言って、しっかり魚を持って家に帰って行きました。

    「ほれ、ほれ、帰ったぞ。たくさん釣ってきたぞ」
     三ざえもんは得意になって、おかみさんに言いました。
     おかみさんは、心配そうにたずねました。
    「あんた、大丈夫だったかい? 怖い物には、出会わなかったかい?」
    「出会った、出会った」
    「どんな?」
    「それはだな・・・」
     三ざえもんが答えようとすると、おかみさんは、ツルリと顔をなでて言いました。
    「もしかしたら、こんな顔かい?」
     とたんに、見なれたおかみさんの顔は、目も鼻も口もない、のっペらぼうになったのです。
     そしてのっぽらぼうは、怖い声で怒鳴りました。
    「置いとけえー!」
    「ひゃぇぇぇー!」
     さすがの三ざえもんも、とうとう気絶(きぜつ)してしまいました。

     やがて目を覚ました三ざえもんは、キョロキョロとあたりを見回しました。
    「あれ、ここはどこだ?」
     確かに家へ帰ったはずなのですが、そこはさびしい山の中で、魚もさおも全部消えていたという事です。
       おしまい







    日本の怖い話 第283話 死がいをとるもうりょう


    むかしむかし、江戸(えど→東京都)の侍(さむらい)が仕事でよその国へ行く時、一人の男を召使いとしてやといました。
     その男が実によく気のつく男で、どんな用事を言いつけても、てきぱきと片付けてくれるのです。
     侍はこの男が気に入って、いつか正式な家来にしたいと思っていました。

     旅の途中で、美濃の国(みのうのくに→岐阜県)のある宿に泊まった時の事です。
     真夜中頃に、召使いの男が眠っている侍の枕元にやって来て言いました。
    「旦那さま、旦那さま」
    「うん、どうした?」
    「まことに申しわけありませんが、もう仕事が出来なくなりました。旅の途中ではありますが、このままおいとましたいと思います」
    「なんだと!」
     侍はあわてて飛び起きると、男につめよりました。
    「なぜだ? 何か気に入らない事でもあったのか? もしそうなら」
    「いいえ、そんな事はありません。
     実はわたしは人間でなく、魍魎(もうりょう)と呼ばれるものです。
    わたしたちはなくなったばかりの人の死骸(しがい)を取ってくる事になっていて、わたしにも順番が回ってきました。
     この宿から一里(いちり→約4キロメートル)ほど行ったところにある、お百姓(ひゃくしょう)さんの母親がなくなり、その死骸を取る事になったのです」
     侍は驚いて男の顔を見ましたが、どう見ても人間で、妖怪とは思えません。
    「魍魎なら黙って姿を消せばいいものを、なんだってわざわざ断るのだ?」
    「はい、そうしようかとも思ったのですが、旦那さまによくしていただいたので、黙って立ち去るのもどうかと考え、正直に事情を申し上げました。では、失礼します」
     男はそう言うと、なごりおしそうに部屋を出て行きました。

     翌朝、侍が起きてみると、どこへ消えたのか男の姿はありません。
    (ゆうべの出来事は夢でなく、やはり本当の事であったか)
     そこで宿の人に訳を話して、一里ほど行ったところにある村の様子を調べてもらいました。

     夕方になると、様子を見に行っていた宿の人が戻って来て言いました。
    「おっしゃる通り、村は大変な騒ぎでした。
     今日、その母親の葬式(そうしき)をしたところ、野辺送り(のべおくり→死者をお墓まで送っていく事)の途中で急に黒雲が立ちのぼって空をおおい、気がついたら棺桶(かんおけ)の中の死骸がなくなっていたそうです」
    「・・・そうか。いや、ご苦労だった」
     侍は仕方なく、一人で旅を続けました。
        おしまい







    日本の怖い話 第282話 山女


    むかしむかし、群馬県(ぐんまけん)の草津地方(くさつちほう)では、山で仕事をする人たちは十月八日になると仕事を止めて、ふもとの村へ戻るならわしになっていました。

     ある年の十月八日の事です。
     山小屋で炭を焼いている三人の男が、まだ仕事が片付かないので山に残る事にしました。
    「今日も仕事をせねばならぬとは、貧乏とは悲しいのう」
    「まあな。しかし気晴らしに、今夜は村へ行って酒でも飲まないか?」
    「いいね。そうしよう」
     こうして三人が山道をおりて行くと、途中にある温泉の湯滝(ゆたき)の下の湯つぼで、人の気配がしました。
     ふと見ると、月明かりの中に長い白髪の女が一人で湯につかっているのが見えました。
     その女はむこうをむいたまま、三人に声をかけました。
    「今頃から山をおりて、どこへ行くのじゃ?」
    「ああ、村へ戻って、酒を飲みに行くんじゃ」
     三人の男が答えると、白髪の女は振り向いて言いました。
    「では、わたしも一緒に行きましょう」
     その女の顔を見て、男たちは飛び上がって驚きました。
     なぜならその女の顔は、目玉が一つしかない一つ目だったのです。
     一つ目は顔のまん中にあるミカンほどの大きさの目玉を光らせて、男たちににっこりほほ笑みます。
    「でっ、でたあー!」
     男たちはちょうちんを放り出して、山の小屋へと逃げ帰りました。

     この温泉につかっていた女は、草津の山に住む山女(やまおんな)だと言われています。
     この時の山女は大人でしたが、他にも山女を見た事のある木こりの話しでは、山女は子どもだったそうです。
    「年は十歳ほどの女の子で、小皿の様な目玉が顔のまん中に一つだけあって、仲間を二、三十人ほど連れていたぞ」

     姿はとても恐ろしい山女ですが、山女は人をおどかす事はあっても、決して人に悪さはしないと言われています。
       おしまい








    日本の怖い話 第281話  言うな地蔵


    むかしむかし、暴れ者のばくち打ちが、
    「この土地を出れば、ちったあ運がまわって来るかもしれん」
    と、考えて、旅に出ました。
     けれども運がまわって来るどころか、持っていたお金を全て使い果たしてしまいました。
    「あーあ、腹は減ったが、銭はなし。どうしたものか」
     途方に暮れて峠のお地蔵(じぞう)さんの前に腰を下ろしていると、下の方から大きな荷物をかついだ男がやって来ました。
    (これはしめた。あの荷物を奪ってやれ)
     ばくち打ちは立ち上がると、怖い顔で近づいて来た男に怒鳴りました。
    「おいこら! 荷物の中身はなんじゃい!」
     怒鳴られた男は、びっくりして答えました。
    「こっ、これは、食い物ですじゃ」
    「よし、それを置いて行け! それから銭も、全て出せ!」
     ばくち打ちは男のかついでいる荷物をつかむと、無理やり奪おうとしました。
     すると男は、荷物にしがみ付いて言いました。
    「これはやれん。家では子どもらが、腹を空かせて待っておるんじゃ」
    「そんな事は知らん! 寄こさないと、殺すぞ!」
     ばくち打ちは力ずくで荷物を取り上げると、必死に取り返そうとする男を殴り殺してしまいました。
    「ふん! すぐに渡さん、お前が悪いんじゃ」
     ばくち打ちは周りを見渡して人がいない事を確かめると、そばにあったお地蔵さんに言いました。
    「おい、地蔵。見ていたのは、お前だけじゃ。この事は、誰にも言うなよ」
     そして荷物を持って立ち去ろうとすると、お地蔵さんが口を開いてしゃべりました。
    「おう、わしは言わぬが、わが身で言うなよ」
     そしてお地蔵さんは、口を曲げてニヤリと笑ったのです。
    「じっ、地蔵がしゃべった!」
     さすがのばくち打ちもびっくりして、荷物をかつぐと転げる様に走り去りました。

     それから何十年も過ぎた、ある日の事です。
     あの時のばくち打ちは、まだ旅を続けていました。
     けれども年も取って性格が丸くなり、今では人の良いおじいさんになっていました。
     年を取ったばくち打ちは旅の途中で一人の若者と知り合い、その若者と仲が良くなって、ずっと一緒に旅を続けています。
    「あの山を越えた所に、おらの家があるんじゃ。ぜひ、寄ってくれ」
     若者に誘われて、ばくち打ちがうなづきました。
    「そうか。では、ちょっと寄せてもらおうか」
     しばらくして二人がさしかかったのが、あのお地蔵さんのある峠でした。
     ばくち打ちがお地蔵さんを見てみると、お地蔵さんの口は一の字に閉まっています。
     ばくち打ちはつい、仲の良い若者にお地蔵さんの事をしゃべりました。
    「なあ、おもしろい事を教えてやろうか?」
    「なんじゃ?」
    「実はな、この地蔵さんは、口を開いてしゃべるんじゃ」
    「まさか。石のお地蔵さんが、しゃべったりするものか」
    「本当じゃ。この耳で、ちゃんと聞いたんじゃ」
    「へえ。では、何てしゃべったね」
     そう聞かれて、ばくち打ちは声をひそめて言いました。
    「いいか、これは誰にも言うなよ。お前だけに、言うんじゃからな。絶対じゃぞ」
     何度も念を押すと、ばくち打ちは話し始めました。
    「もう、ずいぶんむかしの事じゃ。
     その頃のわしは乱暴者で、ずいぶんと悪い事をしてきた。
     そしてここで、わしは初めて人を殺した。
     その殺した相手というのが、食い物を背負った男で・・・」
     ばくち打ちは若者に、あの日の事を全部話してしまいました。
     するとそれを聞いていた若者の顔が、みるみるまっ赤になってきました。
    「うん? どうした、怖い顔をして」
     若者は、ばくち打ちをにらみつけると言いました。
    「それは、おらの親じゃ。
     おらは親のかたき討ちをする為に、こうして旅をしていたんだ。
     まさか、あんたが親のかたきだったとは。
     おのれ、親のかたき!
     覚悟!」
     若者はそう叫ぶと、刀を抜いてきりかかりました。
     むかしならともかく、年を取ったばくち打ちが、刀を持った若者に勝てるはずはありません。
     ばくち打ちは若者に、切り殺されてしまいました。
     その時、あのお地蔵さんが口を開いてしゃべったのです。
    「馬鹿な男じゃ、わしは黙っていたのに、自分でしゃべりおったわい」
       おしまい






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